人形の家 「そこで囀つてるのは家の雲雀かい?」 2
人形の家 「そこで囀つてるのは家の雲雀かい?」 2








しかし、こんな人里離れた所で男二人、どんな風に暮らしていくのか、
ヴィジョンが全く見えないな。

同居人という事なら、それぞれ別々に好きな事をして、食事だけ一緒に取る、とか?
本が用意されているのはしばらくはありがたい。
PCがあれば何とでもなるが……キラだという事を考えると、無理……か。


「……で?僕は家事以外は何をすれば良いわけ?」

「勿論、キラ事件の詳細を供述して貰います」


Lの後ろでふわふわ浮かびながら物珍しげに当たりを見渡していた死神が、
ぐるりと頭を捻った。

目下の所、僕は何とかこいつを退屈させないようにしないといけないな。
退屈させて自分の名前を書かれたりしたら目も当てられない。
Lと関わらず、本を読みながら淡々と日々を過ごしていく、という案は却下だ。


「そこは伏せておきたい」

「は?今更何を言っているんですか?」

「まあ、こちらにも色々あってね。気になるならおまえが暴け」

「……」


恐らく飽和したのだろう、カップの中で溶けかねている砂糖を
ざりざりと掻き回しながら、Lは口をへの字に曲げた。


「……予想はしていましたが。
 やはり月さんとはキャラクターが全く違いますね……」

「当たり前だ。演技だと言っただろう」


Lを失望させて処刑されても困るのだが。
あれだけの事をしても尚、わざわざ僕を迎えに来たのだ。
僕には、彼はちょっとやそっとでは僕を捨てないであろうという自信があった。


「他にする事は?」

「ホルモン注射と、膣形成手術を受けていただきます」

「……は?」


思考が一瞬停止し、どくんと心臓が割れ鐘のように鳴る。
頭が受け付けなくても、体は何かを理解しているんだな、などと他人事のように思った。

ホルモン注射……って何だ?
「ちつけいせい」の「ちつ」って……「膣」、で良いんだろうか。

……え?……え?


「やはり、私は男性は抱けません。
 でも、月さんは私の唯一人の人です」

「ちょ、ちょっと待て。それは、」


僕を抱きたいって事か?
手術までして?


「僕に、女の体になれって事?」

「はい。言葉遣いも出来れば元に戻して貰えれば」

「いや、元って、これが僕の『元』だけど。
 って言うか、冗談?」

「本気です。大マジです」


Lの目に表情は無く、本気なのか惚けているのか判断つきかねたが
続いた言葉に、僕は絶望した。


「一般的に膣形成と言えばペニスを裏返してペニスの先で陰核を形成しますが、
 腸を少し切ってそちらを利用するともっと感触が良いそうです」

「む、無理だから!無理無理!」

「無理ではありません。私が男を抱く事に比べたら」

「……」

「前にも言いましたが、私は月さんが好きです。
 月さんを抱きたい。
 あなたを抱けないのなら、私があなたを飼う意味はありません」

「……!」


そういうのって……おかしい。
おかしいのは確かだが、論理的に説明出来ない。


「……おまえは、僕が女性の体になって、月(つき)のしゃべり方をして、
 一生演技をしつづければ満足なのか?」

「はい。あなたには容易い事でしょう?」

「でも、そんなの僕じゃない」

「ですね。でもそれでOKです。
 私はキラを飼いはしますが、『夜神月』を飼うつもりはないんですよ。
 『朝日月』さんと、人生を共にしたいんです」

「……」


男である僕に用はない、か。
だが、好きな相手が、自分の為に自分を偽って演技をして、
自分を好きな振りをしている。
その事を知っていて、満足出来るものなのだろうか?


「この世の全ては、いわばヴァーチャルです」

「……何の話だ」

「目に入る物、耳に聞こえる物、感じる物、
 全て電気信号であったり単なる空気の振動だったりするわけですね」

「……」

「そこに意味付けするのは個人個人です。
 その中にもし普遍的な真実と言える物が存在するとするならば、
 それは私の脳内にしかあり得ません」


意味は、分かる。
古くさい思想だが誰にも否定は出来ない。


「あなたが私に『愛している』と言う。
 それが演技か本気か私には分かりませんが、分かる必要もありません」

「それって空しくないか?」

「私がする事は、あなたが演技をしているという可能性に目を瞑るだけです。
 たったそれだけの事で幸せになれますし、私にはそれが出来ます」

「それは」

「普通の恋人なら、騙される可能性がありますから
 相手が嘘を吐いているかどうか見抜く必要があるでしょうが。
 我々の場合、あなたは完全に私の手中にあるのですから、
 むしろ積極的に嘘を吐いて下さい。白々しく愛していると言って下さい」

「……」


頭が、おかしいんじゃないのか。

と、初めて思った。
「月」を口説いている時のLは、立ち居振る舞い以外は常識的に思えたが。
どうやらその内面は、一般的な男とはかけ離れているようだ。


「少し、考えさせてくれ」

「別に構いませんが結論は変わりませんよ?
 一週間後に専門医チームがここを訪れます」


……あの医務室らしき場所は、その為の手術室だったのか……。






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