人形の家 「そこで囀つてるのは家の雲雀かい?」 1 Lはいつから僕のパスポートを用意していたのだろう。 大学の入学式当日に拉致されてから目まぐるしく移動させられ プライベートジェットに乗せられて気付けば僕は日本ではない場所に居た。 空港ではヘッドフォンと色の濃いサングラスをさせられていたので はっきりとした場所は分からないが、微かに聞こえた言語と空港の規模から、 西ヨーロッパのどこかだと思う。 それからヘリコプターで移動して、非常に牧歌的な……人工物一つ無い場所に連れて行かれた。 本当は車で移動できる場所なのかも知れないが、僕に単身では逃げられないという 印象を与える為に、わざわざ空から来たのかも知れない。 ヘリを降りてからまず見えた林の入り口に、全面硝子張りの小洒落たレストランのような 建築物が忽然と現れた。 「ここ……?」 「はい。あなたと私の新居です」 「……住宅としては随分前衛的だね」 「いざというときに、遠くからでも監視出来るように、です」 「……」 Lは僕を苛つかせようとしている風な口調だったが。 僕は全く逆の感想を持った。 男と一緒に暮らす、という事と、自分が犯罪者である事から 邸宅の一室に監禁される物と想像していたが。 どうやら彼は本当に僕と共に暮らすつもりらしい……。 現在の所脱走を企てるつもりはないが、ある程度自由に動けるのはありがたい。 中は荒削りな床板を敷き詰めた、明るく天井の高いリビングに 広いキッチンが付いている。 リビングの、草原に面した一番広い壁面は総ガラスで、直角に対する壁の一面は 高い天井まで丸ごと書架になっていた。 ある程度埋まった書籍の背表紙は殆ど日本語だ。 キッチン側の壁面の大半は、冷凍庫冷蔵庫、食料ストック棚で占められていた。 専用の食料庫はないらしい。 これも家の中に死角を作らない為か……。 本当に巨大な独房のような家だな。 「寝室は?」 「こちらです」 リビングの裏手に廊下があり、ドアがあった。 普通に壁面で、さすがに寝室は囲うのかと思ったが、 ドアを開けると外……林に面した一面が、やはり床から天井まで硝子張りで カーテンもなく、まるで森林の中に居るようだ。 「凄いね……」 「因みにバスルームも硝子張りです」 「誰かが外を通ったらどうするの」 「通りません。この林も前の平原も、目に入る限り私有地ですから」 「……」 何とも奇妙な家だが、僕が文句を言うわけにも行かない。 慣れれば暮らし心地は悪くなさそうだし。 「私の寝室はこちらです」 ああ、寝室は別なんだ、と言いかけて、危うく留まった。 ……僕が男だと分かったLに、僕と寝たがる理由はない、か。 まぁ、別に妾になった訳でもなし、請われてもいないのに体を売る必要もない。 「……おまえの方だけ普通に壁なのか?」 隣のドアを開けると、林の方を向いた壁は真っ白だった。 閉塞感のある部屋だが、開放的すぎる全面硝子張りを見た後では 安心感さえある。 「いえ、」 Lが言うと共に、一瞬にしてガラスが透明になる。 「!」 「特殊な液晶シートを挟んであるガラスです。 日本で開発された物で、実用化されて久しいですよ」 「いや……警察の会議室では見た事あるけど、個人の家では初めて見たから」 「必要あるかどうか分かりませんが、一部屋だけ外と遮断出来るようにしてみました。 操作の仕方は教えませんけどね」 「別に良いけど」 その隣の部屋は医務室というのだろうか、狭いベッドと、薬棚や 医療器具らしき物が置いてある部屋。(ここも一面がガラス張りだ) すぐに医者を呼べないこの辺鄙な地方では、必要かも知れない。 とにかくLはどうやら、少しは医学知識があるようだ。 リビングに戻り、Lがソファに座り込んだので、仕方なく僕がキッチンに入り 色々探しながらコーヒーを入れた。 二人きりという事は……やっぱり僕が料理をするのか。 「おまえは料理とか出来るの?」 「……いくつかマニュアルが頭に入っている物なら」 「マニュアルじゃなくてレシピだよ」 「コンロの火のつけ方から温度、タイマーの使い方までワンセットなので 一般的なレシピというよりはマニュアルだとワタリが言っていました」 「そう。じゃあ、家事はどうする?当番制?それとも割り振る?」 「すみません、出来ません」 「……」 まあ、予想通りだが。 僕が眉一つ動かさなかったのに、Lは何故か慌てたように 角砂糖をカップに入れ損ない、付け加えた。 「で、出来る範囲でお手伝いはします」 「了解。まあ僕も、ある程度は出来ると思うよ」
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