Drive me crazy 1 翌朝の報道で、サマワットがホテルの屋上から身を投げた事を知った。 TVのニュースを見ながら、夜神は無言で珈琲を飲む。 私も何も言わなかった。 昨夜、サマワットが窓際に近付いた時。 死ぬ気なのだな、と思った。 窓が開かなかったので未遂に終わったが。 目を離せばきっと死ぬだろう、と分かっていた。 分かっていたが何もしなかった。 それは夜神も同じだろう。 「月くん」 「ん?」 「もし今もデスノートを持っていたら、サマワットの名前を書きましたか?」 「いや……」 夜神にしては珍しく、歯切れ悪く答える。 「本名が分かったとしても、多分書かない。……書けない」 「ほう」 「自分の無力さを、痛感していた所だ。 もしキラとしての活動を続けていたとしても、日本に居たらこんな犯罪は一生知らなかっただろうし」 「……」 それから夜神は、珈琲を一口飲んで今更その苦みに驚いたかのように顔を顰めた。 「それよりお前が、嫌味を言わないのがちょっと不気味だな」 「嫌味?」 「昨夜、サマワットにちょっと偉そうな事を言ってしまったからな。 彼よりも、僕がした事の方がはるかに罪深い。 おまえはそう思ってるんだろ?」 「……まあ実際、殺した人数で言えば桁違いですけどね」 ただ……それは、物差しで測れる物ではないとは思う。 人を殺すのは悪だ。それは間違いない。 しかしそれを言うのなら、死刑は?戦争は?という話になる。 「僕は今でも、自分が間違ったことをしたとは思っていない」 人を殺す理由など千差万別だ。 私はいちいちそんな事を忖度しない。興味も無い。 ただそこにパズルがあったから、解いただけ。 勿論ワイミーやメロを殺した事を怨んでいないとは言わないが。 私の中で夜神の立ち位置は、「元大犯罪者」という程大それたものではなかった。 サマワットと同じく、「ゲームの敗者」という程度に過ぎない。 「僕も僕なりに、この世界を愛していたんだ」 「過去形ですか?」 「いや」 夜神は何とも言えない複雑な微笑を浮かべて、真っ直ぐに私を見つめた。 「愛している」 「……」 「どうした?何を驚いている?」 「いえ……今少しどきどきしました」 「馬鹿」 夜神は噴き出して、コーヒーカップをテーブルに置く。 「気にする事ありませんよ、月くん」 「ふふっ……うん?」 「この国の自殺率は高いんです。 輪廻転生を信じているので、人生に行き詰まったら、ゲームをリセットするのと同じ感覚で気軽に死ぬらしいですよ」 夜神は黙ったまま立ち上がった。 「自殺を絶対悪とする西洋社会で、地獄のような生を生きなければならないのと、一体どちらが幸せなんでしょうね?」 彼の表情を見てみたいと思ったが、素早くカーテンが閉められたので部屋が一気に薄暗くなる。 「切られた所が、痛いんだ。スーツもだいなしだし」 「包帯替えます?」 昨夜、夜神の胸や腹全体に包帯を巻いてやった。 一つ一つの傷は浅いが、数が多いのでさすがにところどころ血が滲んでいる。 「いや。今はいいが、もっとやりようがあっただろうと思って。 ロレックスの出所なんか、後ろ暗い所はなかったんだから吐いても良かっただろ?」 「そのお陰であっさりアジトに連れて行って貰えたじゃないですか」 「……」 暗さに慣れた目に、夜神の軽蔑したような目が映った。 一応冗談を吐いたつもりなのだが通じなかったらしい。 「……私のミスですね。彼等があそこまでやるとは思わなかったのと、自分が連絡出来ない羽目に陥る事を予測出来なかったのは失敗でした」 「全然申し訳なさそうじゃないな」 「いえ。申し訳ないと思ってますよ? だから今日は一つだけ言う事を聞いてあげます。 サイアムパラゴンに行って、もう一度スーツを買いますか?」 「いや」 夜神が一歩前に出て、カーテンの隙間からの僅かな光に、その口元が照らされる。 強烈なコントラストの中、その端は吊り上がっていた。 「言う事を聞いてくれるというのなら」 「はい」 夜神はベッドの引き出しから昨日の五万バーツの札束を取り出すと、それでいきなり私の頬をはたいた。 「これで、おまえを僕に売れよ」 「……マジですか」 「使い道は僕の自由と言っただろ?」 「ええ……まあ、そうですが」 断れば夜神は、私が自分の言を翻したと嘲笑うだろう。 抵抗すれば、興奮する。 自分がそうだったから分かるので、私は敢えて平然とした顔でベッドに横たわった。 「馬鹿馬鹿しい相場でこんな身体を買おうだなんて、あなたも酔狂ですね」 「人の事言えないだろ。 おまえは“L”だ。それだけでその身体には五万バーツ以上の価値があるよ」
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