Dragon fall 3 「おかしいと思ったんです。同じ顔をした二人の少年。 パッポンに出没するいかにもいかがわしい少年は身体を売ったことがないと言い、箱入り息子である筈の御曹司が、男娼のような真似をしている」 「……」 「単刀直入に聞きます。本物の御曹司は、プロイの方ですね?」 部屋の気温が数度下がったような気がする。 時間が止まったような世界で、私は何故か誰の顔も見られず目の前の絨毯の模様を視線で辿っていた。 大きな溜め息が聞こえたのは、十秒ほど経過した時。 「……さすが。世界の切り札、ですね」 口を開いたのは、銃を下ろしたプーミパットだった。 私に凭れていたプロイが、ずるずると滑ってソファの下に座り込む。 「知っていたんですね?レック」 「はい。プロイを守る極秘任務に就いていますから」 「おい!」 ワイズが吠えたが、時既に遅し。 もう言質は取れたと言って良いだろう。 「永遠に輝く“宝石”と、美しいがすぐに儚く溶けて消える“氷”。 この名前が偶然とは思えません」 プーミパットは低く笑う。 「ああ、Lでも間違えるんですね。それは完全に偶然です。 アイスの母親は、シャブ中でした」 そうか……覚醒剤の別名は「スピード」等色々あるが、手足が冷える事から「アイス」と呼ばれる事もある。 タイ風に言うなら、「アイ」か。 「あんなにそっくりな子を見つけたのは偶然ですか? それとも、アイスを見つけた時から全ては始まったのですか?」 ワイズに問うたが、彼は土気色のまま動かなかった。 代わりに今まで黙っていたサマワットが重い口を開く。 「どちらも、正解だ。偶然アイスを見つけたから、こんな事を思いついた」 苦々しげに、だが訥々と長い告白が始まった。 ……まだ、プロイやアイスが物心つく前。 その頃のイギリス大使は好色な人物で、パッポンの美少女や美少年を買い漁っていた。 だがその内物足りなくなり、当時警察上層部に居て付き合いのあったサマワットを通じて、普通では手に入らないような高貴な身分の子を望むようになる。 勿論そんな事は不可能だ。 だが、そんな時偶然、職員が当時王宮で育っていたジャドゥポーン家の御曹司とそっくりな幼児を見つけた。 ファランに、タイの貴種は高く売れる……。 当時サマワットが居た警察は、王党派と対立していた。 その上警備上王宮にも頻繁に出入りしていたので、一族の子を一人くらい拐かして売り飛ばす事は不可能ではなかったと言う。 それで大使はサマワットに頼んだのだが。 彼もタイ人だ。 どうしても王族を売る事は出来なかった。 ただ出来心で、プロイとアイスを入れ替えた。 プロイの母親は産後の肥立ちが悪くて他界し、また同時期にチャオファー(正王子)やプラオンチャオ(側室王子)が子を成した事も幸いした。 そちらにかかりきりの王宮はプロイの名さえあやふやで、名を入れ替える必要もなかったと言う。 勿論養育係は気付いたが、金を握らせて丸め込んだそうだ。 サマワットは影ながら厳重にプロイの警備は続けたが、王族を貧民街に放り込んだという後ろめたさに耐えきれなくなり、弁護士資格を取ってフランスへ渡った……。 しかし当時の警察長官は欲に目が眩み、アイスを手込めにした。 「成長するにつれ、少しは顔も変わって行ったが、アイスの方を少しづつ整形させたそうだ。 イギリスに留学している間なら、誰も疑わなかった」 そしてサマワットが戻って来た時には、警察ぐるみでアイスを外国人官僚御用達の「王族の男娼」に仕立て上げていた。 プロイの方は、アイスがパッポンで過ごす間の影武者としてではあるが、王宮に招き入れていた。 あのロレックスは、どちらにせよパッポンに居る間、行動を監視し警備する為のGPS入りの特注だったそうだ。 「私は本当は……このまま彼を傀儡にして、王宮を中から突き崩す計画だった。 Scilent Assasin だ。 勿論君もそれなりに贅沢に一生を遅れるようにするつもりだった」 「……アイスは」 黙っていたプロイが、しゃがれた声を出す。 「アイスは、どこまで知っているんだ……」 「アイスには全て伝えてある。 だが彼には驚くべき事にピアノの才能があった。 “商品”の付加価値としてそれも望ましいので、ピアノの練習をしている間は身体を売らなくて良い決まりにすると、彼は余計にピアノにのめり込んだ」 「大した精神力です」 本当にそう思った。 どこまでも定まらない自己存在意義。自らを食い物にする大人達。 その中で、心を壊さず無理矢理にでも存在理由を見つけて行けたというのは、類い希な事だと思う。 「いや……、彼はだいぶ前からまともではない」 「?」 「どこからかLSDを手に入れてね。 彼の鬼気迫る演奏を聴いただろう?」 「……」 ……あの、様子は。 薬によって通常の人間には辿り着けない世界を彷徨っていたのか。 「彼は、もう終わりだ。 遠からず君とアイスを入れ替え、本来の姿に戻す必要に駆られた。 ……いや、私がそうしたかったんだ。 この十年、心にのし掛かる錘に、私自身も押し潰されそうだった」 サマワットは酷くゆっくりと立ち上がり、一歩前へ出た。 「死んだ官僚達は、我々が紹介したのではあるが、皆アイスの客だ。 ふとした事からアイスが偽物である事に気付いた者、パッポンで偶然プロイを見かけて、懸想した者。 せっかく女装させて気付かれないようにしていたのにね……君のその眼差しは、王族としては威厳だが、男娼としては反則だよ」 魂が抜けたように座り込んでいるプロイに向かって苦く笑いかけ、一歩一歩と歩き始める。 「王宮にテロ予告をしたのは私だ。内容はどうでも良くて、ただ爆破出来れば良かった。 その混乱に乗じてプロイとアイスを入れ替えるつもりだった。 爆発に巻き込まれる、というショックがあれば、多少性格が変わってもピアノが弾けなくなっても怪しまれにくいだろう。 イギリス大使館は、本当の狙いを誤魔化す為の隠れ蓑だ」 窓際に立つと、大きく深呼吸した。 「そしてその事は、誰にも知られてはならなかった。未来永劫」 「でしょうね」 「大きな懸念は、イギリス大使館が何度も依頼していた、“L”」 「……」 「入国した以上、いずれ真実に辿り着くだろうと思った。 だから、その前に」 鍵を開け、窓を開けようとするが高層階なので当然大きくは開かない。 サマワットは少し溜め息を吐いた。 「大使経由でキルシュ・ワイミーとの関わりは聞いていたから、彼を名乗ってパッポンをうろついていれば、いずれ真意を確かめに近付いて来るかと思った」 「そうですね。気にはなりますね」 「……この街も、こうして高い所から見下ろすと美しいな」 「……」 「私は、本当に愛していたんだ。この街も。この国も」
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