Dragon fall 2 「もう少しでシャブ中にされる所だったぞ」 「……」 私は、安心したように肩を落とさない事に全神経を集中した。 「まあ間に合ったんですから良いじゃ無いですか」 「間に合ったって言えるのかこれ」 一方ワイズは、プーミパットに対して威圧的だった。 「失敬な。その銃を下ろしたまえ」 「そういう訳にも」 「我々が誰だか知らない様子だが、警官風情が気軽に銃口を向けて良い人間ではないぞ」 プーミパットは、それでも銃を下ろさない。 「私は公務員ですから、権力には弱い」 「ならば、」 「私の見立てでは、この場で一番権力を備えているのは、この人です」 「ラージ……」 ワイズは気味悪そうに私を見た。 サマワットはただ、杖の銀のガーゴイルを握りしめている。 「少なくともあなた方がしていた事は犯罪です。 しかし、私の問いに正直に答えてくれたら、不問に付しても良い」 「大きな口を叩く物だな」 「私は、あなたが会いたがっていた人物。と、仮定して貰って結構です。 ねえ?キルシュ・ワイミーさん」 「……!」 「Lをおびき寄せる為に、そんな偽名を使ったんでしょう?」 ワイズは薄い色の瞳を、飛び出るほど剥き出した。 「そんな……有り得ん……」 「まあ私はLの代理人。とでも思って下さい」 「ワタリか?」 「その辺です」 戦闘不能になったワイズに代わり、サマワットが静かに立ち上がる。 プーミパットをじっと見つめて、私を指差した。 「おい君。この男を逮捕しなさい」 「何の容疑でですか?」 「Lは世界の切り札だ。そのLを騙るなど、どう見ても悪質な詐欺師でしょうが」 プーミパットは小さく答える。 「……私は、そうは思わない。 この人がLである可能性は充分にあります」 「おまえ!」 その間に、プロイは夜神のロープを解き、ベッドから剥ぎ取ったシーツで血を拭いてくれていた。 話が途切れ、ソファにふて腐れている男二人と、銃を構え続けている警官。 指をくわえながら立っている私、夜神の手当をし、着替えを手伝う女装の少年。 妙な緊迫感が漂う中、夜神の小さな呻き声とシャツを着る衣擦れだけが響いていた。 私は夜神がジャケットを羽織ったのを見届けて、口を開く。 「さて。Yes/Noパズルです」 「……」 「と言っても、あなた方は何も答えなくて良い。 これから私が自分の推理を話すので、違っていたらNoと言ってくれればそれで良いです」 夜神が立ったままなので、私は夜神が座らされていたリクライニングチェアに向かい、座った。 何故かプロイも、肘掛けに座って私にしなだれかかる。 「最初に謝っておきますが、ワイズさん。 あなたがジャンに話した事は、全て盗聴させて貰いました」 「っ!」 「そのデータも保存しています。また、現在の会話も全て録音しています。 そのつもりで喋って下さい」 「……」 暖かく、甘い紅茶が欲しい所だが。 この部屋にはなさそうだ。 私はゆっくりと指を組んだ。 「まず。ロレックスの謎です。 ジャンが話した事は本当で、屋台で千五百バーツで買ったばかりなんです。 つまり、売り主もあの時計の真価を知らなかった事になる」 「……」 「それはそうです。元の持ち主が、偽物だと思って持っていたんだから」 「……」 「では、あのロレックスは誰が与えたのか?何の意味があったのか?」 夜神に目を遣ると、たじろいだ様子で頭にクエスチョンマークを出す。 だが私が見ていたのは夜神の顔ではなく、その首元に光る手錠型のネックレスだった。 「あれは、印だったんです。誰かの所有物であるという」 「?」 プロイが私の肩の辺りで首を捻るのを感じる。 「つまり本来の持ち主は、誰かに飼われている身だった。 作られた人造宝石です」 「……ラージ。あんた大丈夫?」 「そしてこの町に来る時はロレックスを着け、本物の宝石の振りをした。 元の場所に戻る時はあなたにロレックスを託した。違いますか?」 少年は戸惑ったように眉を寄せた。 「確かに……時々取りに来たけど」 ワイズの顔が一気に土気色に変わる。 サマワットは、微動だにせずステッキの頭を握りしめたままだ。 プロイは唇を噤んだ後、口を開いた。 「……あいつと喋ったことは殆ど無い。喋って良いような相手じゃないしな。 けれど、俺はあいつを尊敬してたよ。王様と同じ血を引いている。 それに、あいつのピアノ演奏を動画で見た。……凄かった。 俺は自分が誰かの偽物だとは思わないが、あいつこそは本当の本物だ」 「でしょうね。本物以上に本物に見せるのが、偽物の役割ですから。 知ってます?良く出来たイミテーションロレックスは、本物以上に美しいんですよ」 「意味が分からない!」 私は全員の顔を見渡す。 ワイズとサマワットは固まったまま。 プロイはそんな二人に助けを求めるように視線を送ったり。私の顔を見たり、きょろきょろしている。 プーミパットと夜神だけは、まるで静かな音楽に耳を傾けるような表情をしていた。 「プロイ。あなたは身体を売らないと言っていましたね。本当ですか?」 「……」 「その容姿でガトゥーイみたいななりをして。 この町で売春せずに生きていくのは難しかったのでは?」 プロイは悩ましげに長い睫を伏せる。 「それは。思った事があるけれど。運良くこれまで身体を売るハメにはならなかった。 何度か機会はあったが、話がまとまると通りがかりのならず者が客を殴ったり、警察が店に踏み込んで来たりして、結局そうならずに済んでいる」 「運良く、ですか?今日の三人の覆面男、見覚えがあるんじゃないですか?」 「……いつも同じメンバーかどうかは分からない。 でも……何となく、こっそりと俺を守っている奴らが居るのは感じてた」 思った通りだ。 私は満足して、ワイズとサマワットをもう一度見た。
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