太陽を掴んでしまった 3
太陽を掴んでしまった 3








「……そろそろ本当に、行かなければなりません。
 朝一番の飛行機に乗るんです」

「どこかに、行くのか?」


Lはまた少し躊躇ったが、答えてくれた。


「……日本へ」

「それって凶悪犯連続死亡事件?」

「もう知っているんですか?」

「ああ、マットがネットで。海外の動きにも詳しいんだ。
 きっと一連の事件の最初は、日本でTV中継された立てこもり事件の犯人の
 心臓麻痺死だ」


何だそれは。
数日閉じこもっていて、ニュースを見ていない私には何の話か分からない。
メロばかりLと話してずるい。


「さすがLだな。やっぱりあれは、人為的な殺人だと?」

「Lじゃないです。が、人間の仕業なのは間違いないと思います。
 近々それを証明して見せます」

「どうやって?」

「それは……解決した後、またあなた方と話す機会があったら」


立ち上がる気配に、思わず縋り付く。


「行かないで下さい!私、まだ怖いです」

「そうだよ、正体不明の地震だぞ?ニア、本気で震えてるぞ?」


震えが止まらないのは、本当だった。

Lの影が、少し首を傾げる。
きっと困っているのだろう。
けれど。


「地震は……何でしょうね」

「……警告かも知れません」

「誰のですか?ニア」

「その犯人に殺された者たちの」


どうも、心臓麻痺死に見える連続殺人が数カ国で起きているらしい……。
という事しか分からなかったが、無理矢理話に割り込んでみた。

とは言え、別にオカルティックな話がしたかった訳ではない。
ただ、何とかLを引き止めようと必死だったのだ。


「今回の犯人は手強いと、日本に行けばあなたも危ないと、
 きっと誰かが忠告してくれているんです」

「……そうかも知れませんね」


素直に頷きながら、やはり無情にもLは立ち上がる。


「だとしても、私は行かねばなりません」


……私は「L」だから。


言わない台詞が、はっきりと聞こえた気がした。

その誇り。
その覚悟。

もう、この人を引き止める術はないのだろう。




「そう言えばニアが窓から落ちかけたという時、メロが傍にいたんですよね?」

「あ?ああ」

「怖くなかったのは、きっとそのせいだと思います。
 あなたなら必ず助けてくれると、きっとどこかで感じていたんですよ」

「……」

「いなくなる私の代わりに、メロがニアをなぐさめてあげて下さい。
 私からのお願いです」

「……」


しばらくしてメロが小さく頷いたのを確認して、Lは音もなく去っていった。






「……こんな所にいたら、落ち着かない。ベッドに行こう」


メロがそう言って立ち上がり、私の手を引く。
私はまだ、どこか浮遊感があったが、メロに引っ張られて無事に
ベッドに着く事が出来た。

私はまだ、震えていた。

ダイスタワーに潰される恐怖はとっくの昔に去っている筈だが。
あの「L」と出会った興奮か。
それとも……。

メロがまた、舌打ちをする。


「……あいつに頼まれたからだぞ。お願いしますと言われたからだぞ」


言いながら、ベッドに入ってきて。

……あり得ない事に、私の首と肩に手を回した。

あのメロが。
いつも私に対しては、怒鳴るか舌打ちをするかしかなかったメロが。

熊のぬいぐるみを抱くように、私をぎゅっと抱きしめる。


メロのパジャマは、少し汗の匂いがする。
正直、Lの方がいい匂いだった。

けれど、Lのように頭を撫でて貰うと、心拍数が下がって震えが止まるのは確かで。


「……それにしても、よく短時間であの人の事が分かりましたね」

「当たり前だ。あのコンタクト以来何度も何度も、頭の中で
 反芻していたからな」


メロも私と同じか……。


「私、この数日の事が分からないんですが、あなたもどこかに
 閉じこもっていたんですか?」

「お前と一緒にするな。俺は、誰かとしゃべってる方が考えやすいんだ」


へえ……知らなかった。
思考方法も色々あるものだな。


「それに、おまえが『待っ、待ってください!』なんて引き止める相手は
 この世で他に考えられないから、確信が持てた」


私のセリフを、情けない声真似で言うのが腹立たしいが
内容に関してはその通りなので反論も出来ない。


「……」

「……」

「……なぁ、ニア」

「何ですか」

「あいつ…………裸足だったな」

「裸足……でしたね」


私たちはそこで目を見合わせ、思わずクスッと笑ってしまった。


「まあ……あいつには、またいつか会えるだろ。もう寝ろ」


そう言ってメロは私を抱いたまま目を閉じた。
程なく寝息が聞こえる。
実は余程眠かったらしい。


枕元のライトに、その金色の睫毛が光る。

薄い印象の唇は、少し開いていると意外とふっくらとしていた。

少し上を向いた鼻の、鼻柱の真ん中辺りに少し出た部分がある。
大人になったら、案外男らしい顔つきになるのかも知れない。

こんな観察をメロに対して、いや誰に対しても、したのは初めてだった。

メロも、いつもこんなに優しくて穏やかな顔をしていたら、
少しは可愛いのにな……。



私達は、Lが去ってからは申し合わせたように「L」という言葉を使わなかった。

きっと明日には何事もなかったかのように全て元通り、
メロと私が語り合うという機会もないだろう。
今夜の奇妙な訪問者の事も、口外される事はないだろう。

メロは二度と私を抱いて寝る事はなく、そんな真似をした事がある事すら
誰にも言わないし認めないだろう。

本当にきっと、何もかも元通り。



……それでも。



私達の記憶は、消せない。

どんなに時間が経っても。

あの、泣きたくなる程に優しい時間も、
Lの暖かい手の感触も、


メロと私の海馬に、大脳新皮質に、存在し続けるだろう。


この、お互いの体温も。
二度とない一夜の記憶も。



「おやすみなさい……メロ」



永遠に、私達二人だけの秘密だ。


窓の外では上限の月が、笑っていた。






--了--





※13000打踏んでくださいました、そまりさんに捧げます。
 リクエスト内容は、


"12歳くらいのニアが、ワイミーズハウスでサイコロを積み上げていたら
丁度震度2くらいの短い地震がきて、サイコロの山が崩れ落ち、呑まれたのを、
その日偶然訪問していたLが救助に駆けつけ、救出。

本当にビックリしたニアを優しく抱きしめて頭を撫でて、気持ちを落ち着かせようと
奮闘してるところに、メロがやってきて"ニアずるい!"ということに。

それで、何故か二人一緒に撫でられてたが、時間がきてLは行かなきゃいけなくなり、
どうしようかと考えるL…。
で、結局

"いなくなる私の代わりに、メロがニアをなぐさめてあげて下さい、私からのお願いです"

と言われ、渋々メロがニアを抱きしめて撫でてあげて、流れでその日は一緒のベットで
眠ることになり、メロが先に眠くなって寝てしまう…。
それで、隣でいつものように何の文句も喧嘩もナシにただ普通に寝てるメロを見て、
いつもこのくらい優しく穏やかに接してくれればいいしてくれればいいのにと思い、
それから、ただ静かにメロの胸元に頭をうずめ、そっと擦り寄るニア"

でした。
地震は、サイコロが倒れたら何でも良いとの事でしたので震度は設定しませんでした。
シブタク渾身のポルターガイストかも知れません。

あれですよ、ニア12歳、メロ15歳くらい?と言えば、月がデスノートを拾った年ですよ。
リク主さんがその辺り計算されていたのかどうか分かりませんが
入れずにいられませんでした。

実際は、ニアはこの時メロともっとLの事を語り合っておけば良かったと
後悔するかも知れませんが。

Lもメロも死んだ後のニア視点、とかすると物凄く切ない事になってしまうので
この時のニアはそんな未来は全く想像もしていないという前提です。

※後で、この二人の未来が同じリク主さんの「21+22」に繋がるという設定に
 しようという話になりました。
 そちらは明るい話ですので、それを以って救済と。
 ニア12歳は大体その頃と思っていらっしゃったそうです(笑

まさか書くとは思っていなかったワイミーズハウス、楽しかったです。
可愛いリク、ありがとうございました!






  • 21+22(原作終了後のこの二人になります)

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