太陽を掴んでしまった 2
太陽を掴んでしまった 2








幼い頃、両手の指を動かすと思考力が上がると言われた。
それで楽器や陶芸を習い始めた者もいるが、一挙両得という考え方が私は
好きではないので、その時々で意味のない手遊びをしている。

Lの片鱗に触れてからというもの、私は殆ど食べる事もせず、
ひたすらダイスを積んで思索に耽った。


Lの印象は、暖かくもなく、冷たくもない。
人間的でもなかったが、無機質でもなかった。
自分の感情を語る時も、淡々とした……。


Lとの対話を何度も何度も頭の中で再生し、その真意を、生身のL像を
推察し、組み立て、壊す。


ダイスを積むのはとても簡単で、集中力の必要な作業だった。

まず、メーターを使って全ての面の平行と直角の誤差が、許容範囲か計る。
勿論最高級の物を用意してくれたようだが
(この院は本当に、金に糸目を付けない。頭脳を磨く意思のある者には)
何割かは無駄になる。

後は、残ったダイスを、ただひたすら積む。
その繰り返し。
積む事自体に目的や意味はないのだが、遊び心として美しさも欲しいので
同じ数を同じ面に向けて、高層ビルのように積んでいく。

その中で、私はひたすらLの片鱗を追い求めていた。



気づいたら、私はダイスの摩天楼の中に一人居た。
最初は物珍しげに見に来ていた子ども達も、少し崩された時に睨んで以来
この部屋にすら立ち寄らなくなっている。

ある晩、ふと集中が途切れて立ち上がり、ダイスの間から時計を見ると、
真夜中近くなっていた。


Lの声……。

加工はしてあったが、極端ではなかった。
恐らく高さは同じくらい、低いがさほど幅のある声ではない、
長身という程ではないが低くもないだろう。
喉に圧迫のある声質ではなかった、太っておらず、病気でもないのは確か……。


Lの事を考えるのを止められず、ダイスを計測すべく再び座ったその時。
一瞬、眩暈がしたような気がした。

と共に、四方から、ダイスタワーが迫ってくる錯覚が。

いや、実際に崩れてきていた。

……え?

何故?
今更自分で崩すようなヘマはしていない筈、
第一これだけのタワーを一気に崩すなんて不可能、

メロ達の悪戯?
いや、それなら部屋に入ってきた時点で気配が、

スローモーションでゆっくりと私の方に倒れて来るダイスタワーを見上げながら
私は物凄いスピードで、埒もない事を考えていた。

と、その時。

一瞬暗闇になってもう一度明かるくなり、自分の目がどうかしたのかと
思った瞬間、今度は本当に照明が消えて暗闇になる。


「ひっ!」


崩れてくるダイスの残像、そろそろ私に降りかかってくる筈、と思うのに
なかなか落ちてこなくて。

夢?気のせい?

そう思い始めた時。
コツ、と一つ頭に当たって「痛」と思った次の瞬間から、一気にバラバラと
ダイスが降り注いできた。


「っ!」


痛くて声も出ない。
一つ一つは小さいが、何千も降って来るとさすがに身の危険を感じる。

後で思えば、頭を庇って蹲ってしまったのが良くなかったのだろう。
本当に、こういう瞬間の判断はマットやメロには全く敵わない。

私はダイスに埋まり、動けなくなっていた。
一つ一つは軽い、動けないはずはない、そう理性は言うのに
力が入らない。
顔が埋まっていて、息が苦しい。


窓から落ちそうになった時も感じなかった恐怖が、私を飲み込みそうになる。
あの時の、美しい青い空ではなく、ダイスの外側に今も広がっているであろう
夜の闇のせいかも知れない。


「誰か……」


無駄だ。
もうみんな寝ている。
私の小さな声が、この広い屋敷の端から誰かの元に届く筈がない。

私は……もしかしたら、このまま。



だが、その時。


「大丈夫ですか?」


低い声がした。
聞いた事のない、いや、物凄く聞き覚えのある、


「ああ……こんなによく、積んだ物ですね……」


ジャラジャラと、音をさせながら気配は近づいてきて。
不法侵入?この上不審者か?とパニックを起こしそうになった時。


「大丈夫ですか?……ニア」


ダイスの山を搔き分け、私を抱き起こしたその、低い声。
真っ黒くて猫背の、細身のシルエット。

知らない大人の男だ。
と言っても若い……若く、どこか懐かしい男。

私の呼び名を知る男。

どこか冷めた部分があって、ここまで来たらもう死んでもいいじゃないかと思う。
一か八か、この人に縋ってみても良い、縋りたいと思う。


だが、私は。


息を、息をしなければ、落ち着かなければ、そう思うのに、
呼吸をすればする程苦しくなる。
まるで、ビニール袋を口に当てて呼吸をしてみた時のように。
沢山の空気が入ってくるのに、酸素が含まれて居ない。

苦しい……。

体が、痺れて、目の前を、砂が、頭が朦朧と……。


「いけませんね……」


突然、私の上半身が圧迫された。
としか言いようがない。
顔に、柔らかい布が、暖かい物が押し付けられる。


「ニア……ゆっくり、呼吸をして」


布越しに、ゆっくりと息を吸うと石鹸か何かの良い匂いがする。
暖かい……。

何度か深呼吸をすると、少し冷静になった。

どうも私は、小さい子どものように謎の男に抱きしめられて、
その胸に顔を押し付けているようだ。
息が苦しい……のに、少し楽になった。
という事は、私は過呼吸を起こしていたのか……。


「もう、大丈夫でしょうか」


私の呼吸が落ち着いたのを確認して、男は腕を緩めた。

離してはいけない……!

シャツにしがみ付くと、男は数秒躊躇うように沈黙した後、
私を抱きなおして頭をゆっくりと、撫でてくれた。


「あなたは、大丈夫です……ニア」


その、こんな時にも暖かくなく、かと言って冷たくもない声。




その時、この男が入って来た時にだろう、半分開いたままのドアが大きく開いた。


「どうした、ニア」


部屋の入り口から聞こえたのは、見えないがメロの声だ。


「……あんた、誰だ?」


よくすぐに気づいたな、と思ったが、よく見ればそのシルエットは
バットのような物を持っている。
きっともっと早く駆けつけてくれたが、中に不審者がいるのに気づいて
戦える得物を取りに戻ったのだろう。


「私は、名乗るわけには行きません」

「ふざけんな!この地震も停電も、あんたのせいか!」

「停電はともかく、地震なんか起こせませんよ」

「じゃあ何なんだこれは!」

「幸い、誰も気づいていないようですからきっと大丈夫でしょう。
 停電は、朝になってもこのままだったら大人が何とかしてくれますよ、メロ」


男の穏やかな声に、油断したのかメロがじゃらじゃらカラカラと
ダイスを足で搔き分けながら、蹴飛ばしながら、近づいてくる。


「あんた、外部の人間だな?」

「はい」

「不法侵入だ。通報するぞ」

「それは困ります。退散しましょう」


男は服を掴んでいた私の指を、今度は優しいけれど抗えない力で外し
立ち上がった。


「待っ、待ってください!」


男の影は少し振り向き、微笑んだような気配があった。
このまま、このまま行かせてはいけない。
そんな事をしたら、私はきっと一生後悔する。

がむしゃらに、傍にあったメロの足首を掴んだ。
そのまま指で足首を叩き、拍子を取る。


1、2の、


3!


「「L!!!」」


メロと私が、突然大声でその名を呼んだ事に。
部屋から出て行きかけていた男が、驚いたように止まって振り向いた。


「え……、あなたたち……」


やった!
初めてLを、あの、どんなに小さな動揺すら見せなかったLを、驚かせた!

そしてメロも、私と同じく彼の声の調子や話し方から彼がLだと看破し
合図の意図を理解してくれた事を少し嬉しく思った。


「やた!Lをビビらせてやったぜ!」

「参りました……あなたたちは仲が良くないと聞いていたのですが」

「ああ、悪いね。最悪」

「にしては滅茶苦茶息が合っていましたよ」

「Lを引き止める為なら、マンボウとだって息を合わせるさ」

「どうやってタイミングを合わせたのですか?」

「Lがもっとここに居てくれたら教えてやるよ。
 つか、ニアばっかりずるいじゃないか!僕だってLと話したい!」


男……Lは、降参、というように両手を挙げた。


「あと少しだけなら居られますが、本当に少しだけです。
 それと、私は『L』だと認めません。
 あなた達は、私の顔を見てはいけません」


暗闇だからこその邂逅、か。
という事は、この停電はLの仕業なのか。

地震を感知すると共に、ダイスタワーに囲まれている私を心配した。
見に行きたいが、顔は見せられないので先に配電盤を弄った。

結果的に余計に怖い思いをしたが……。

何だ。

結構、優しいじゃないか。

得体が知れない、掴みどころがない、と数日悩んでいたが
実際に会ったLは、普通に人間らしく、温かい人だった……。


「L。私やっぱり怖いです。傍にいて下さい」

「だからお前だけずるいぞニア!
 窓から落ちかけても顔色一つ変えなかった癖に何が『怖いです』だ!」


Lはふっと笑った後、メロを引き寄せた。
驚いて体を固くしているらしいメロを押して、そのまま私の傍にしゃがみこむ。


「大サービスです」


そう言って、両手で私達の……メロと私の頭の上に、手を置いた。


「……」

「……」


15と12の男の頭を、幼児のように撫でる。
それ……サービスか?
十代の男がこんな事で喜ぶと思うのだろうか。
やっぱりLは、少しズレている。

……いや、嬉しいけど。


LがLだと認めない以上、Lに対する質問をする事は出来ない。
かと言って、下手な世間話をしてLを失望させたくない。
というか緊張して言葉が出ない。
きっとメロも同じだ。

私達はただ黙って頭を垂れ、その手の感触を、体温を、
胸に刻み続けた。


今まで体感したことのない感情。

何故だか、涙が出そうな程切なく、幸せな時間だった。






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