太陽を掴んでしまった 1 人生というのは、きっと長い長い暇つぶしなんだと思う。 大人に言えばきっと「12歳で何を分かったような事を」と言われてしまうが、 事実、そうなのだ。 私がそれに気づいたきっかけはマットだった。 彼が今の私よりずっと幼い頃に、 「生きていくって長いゲームと同じだよ」 と、メロ辺りに言っているのを聞いたのだ。 その時は随分大人びた事を言う、と思った。 彼は昔から何でも早い。 常に年齢より大人びていたし、咄嗟の反応や瞬発力を問われる局面で 誰も彼に敵った事がない、そういう意味でも早かった。 だが、考えが少し浅い。 それに気づいたのはもう少し自分が成長してからだったが。 とにかく、昔からコンピューターゲームが好きだった彼は、人生というものは 客観的な視点を持っていれば十分楽しめる、という意味でそう表現したのだろう。 私にはそうは思えなかった。 テトリスは、手の動きさえマスターしてしまえばいつまでも続けられたし RPGやアーケードゲームには元々さほど興味を持てない。 先々まで観えてしまうからだ。 私は思考力のテストですぐにマットを抜かし、程なくメロも超えた。 長く生きるかどうか、というのはそれだけ長く暇つぶしをするかどうかで 私にとってはそれはどちらでも良い事だった。 「おい!」 ある日、寛いでいるといきなり怒鳴られた事がある。 振り向くとそこにはメロがいた。 彼はいつも私に怒っている気がする。 「死にたいのか!」 「……」 別に、死にたくはないが死にたくない事もない。 そうか、私が三階の窓に腰掛けていたのが、メロには死にたがっているように 見えたのか。 「悪い」 「ご、め、ん、な、さ、いだろうが!年上には!」 「ですね。ごめんなさい」 「〜〜〜〜!」 言われた通りにしているのに、何故更に怒るのかが分からない。 メロは優秀だとは思うが、気分屋で感情的で面倒くさい男だった。 「……で、何だそれは」 「ルービックキューブを知らないんですか?」 「だから!んな事聞いてない!おかしいから聞いてるんだろうが!」 ……ヘぇ。 今までこれを見た奴は「今更?」とバカにするだけだったのに、 こいつは気がついたか。 「一旦分解して、ランダムに組んだルービックキューブです。 確率的に六面それぞれ九分の何枚揃うか出したので、 検証している所です」 「暇なんだな。明日は数理論理学のテストだろう?」 「私がテスト勉強しない方が、あなたにとっては都合が良いのでは?」 「!」 メロが突然、凶悪な形相で私の襟首を掴む。 本気で突き落とす気はあるまい、と、頭は冷静に観察しているが、 掌が勝手に汗をかいた。 だが本当に、このまま落とされても構わない、とも思っていた。 天才と呼ばれた孤児が、秀才と呼ばれた少年に殺されて夭逝……。 悪くない。 だが、そうなるとメロは今後気の毒だな……。 そんな事を思っていたが、結局メロは私を窓の外に押したりしなかった。 筈だった。 なのにメロが手を緩め離れた瞬間。 私はバランスを崩し、重心が窓の外側へ。 ……死ぬ。 認識したがその瞬間、足首を掴まれた。 強く建物の内側の床に押し付けられる。 すぐに中に引かれなかったのは、一緒に落ちてしまう事を危惧して まず自分の足場を固めたのだろう。 冷静な判断だ。 「メロ……せ、背骨、痛いです……」 私は反り返って窓の外側に逆様にぶら下がっていたが、 お陰で危ういバランスで落ちずに済んでいた。 空がやけに青い。 「バカ!1、2の、3で引っ張り込むから、お前も腹筋使って戻って来い」 「無理だと思いますが」 「1、2の」 問答無用で足首を指で叩いて拍子を取り、「3!」で私は 建物の中に引きずり込まれた。 結局腹筋で上半身を起こす事など出来ず、私は背中と後頭部を したたかに打った。 「痛いですよ……」 「お前……もっと他に言う事……、」 そんな、ちょっとした冒険を共有した訳だが、それでメロと私の距離が 縮まるという事もなく。 メロは一つ舌打ちをしてそのまま去っていった。 私はきっと、些細な関わりを持つのも煩わしい存在なのだろう。 私にとって周囲の人間が、全てそうであるように。 だが、そんな私にも生きる希望という物はあった。 でなければもっと早くに死んでしまったかも知れない。 その希望とは、 Lだ。 完全無欠の名探偵。 この世の全ての謎を解く「世界の切り札」にして「影の支配者」。 私達は……少なくとも、推理や論理の学習を強化されている者達は そのLの後継者候補として教育されている。 射撃に優れた者、見た物を忠実に再生する能力に秀でた者等は、 行く行くは己の足で世界に出て行く道もあるが Lの後継者如何によっては、その手足としての人生を送る事になるのだろう。 今は気づいていない者もいるが。 実際、現在のLは一人で全ての業務をこなしているらしい。 そのLと同等の人材がすぐに現れる筈がない、という予想の元に こういった「捜査集団」の卵が育成されているのだ。 私はその一員である事を、誇りに思っていた。 それでも、そのL本人の声を初めて聞いたのは、つい最近の事だ。 皆長じて「Lは実在するのか?」という議論が子ども達の間で 交わされるようになっていた。 私はどちらでも良いと思っていたが、納得しない者も多いので それを解決する意味もあったと思う。 わくわくした顔の子ども達、その前に置かれたモバイルPC。 やがて現れた、「L」の飾り文字。 モニタの向こう側で顔も見えなかったが、そこに確かにLはいた。 「世界の切り札」とまで言われているのだから、どれ程傲慢であっても 奇矯な人間であってもおかしくないと私は想像していた。 だがLの話し方はモニタ越しに聞く限りは全く変人ではなく、 丁寧で常識的な口調だ。 しかし、そこには何の癖も感情も見出せない。 どんなに微妙な質問でも失礼な質問でも、答えるまでの間はほぼ同じ。 早口になる事もなく、言葉が澱む事もなく、声が高くなるでもなく低くなるでもなく いっそ相手は機械だと言われた方が納得行くような問答だった。 それでもその内容は、Lが解決した有名な事件の推理過程、事件の裏側、 あるいは倫理観・世界観まで、いちいち「これこそLの答えだ」と 納得させられるようなもので。 私自身は質問をしなかったが、十分に観察に値する人物だった。 Lとのコンタクトが終わった後、中にはLに失望した者もいたようだが、 私はますますLに憧れた。 尊敬出来る人間。 それがいるか否かで、この世の景色は全く違って見える。 そういう意味で私はLに感謝した。 きっと、マットもメロもそうだろうと思った。
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