CAN’T HELP FALLING IN LOVE 1 ひょんな事から夜神を逮捕……というか、引き取ることになって半年。 私達はロンドンの片隅で、ワタリの助けを借りて静かに暮らしていた。 「どうぞ」 「……何ですかこれ」 「磨り潰した人参入りのパンケーキと、フルーツと野菜のスムージー」 「ですよね。私、朝食は要らないって言ってますよね?」 目の前のテーブルに並べられた赤みの強いパンケーキと、 緑色のどろりとした液体。 砂糖たっぷりのホイップクリームがなければやっていられないラインナップだ。 「だが、僕は食べるし、お前にも食べて貰う。 お前の健康を管理するのも僕の仕事だと思ってるからね」 「大体、朝早くから叩き起こすのも止めて欲しいんですけど」 「真っ当に日中働いている人間と、昼夜逆転生活を続けた人間の、 寿命の差を知っているか?」 「私は、長生きしたいとは考えていません。 休憩を取った方が有効な時はそうしますが、大抵は必要ありません」 「L……」 「人間、可能な限り連続して働きかけをした方が効率的かつ 人生の総稼働時間は長くなる筈です」 「L」 夜神は微笑みながら、しかし力強く遮った。 「捜査効率より、お前の健康だ」 「夜神くん」 「……僕は、お前の伴侶だろう?」 「……」 夜神は、さすがキラをやっていただけの事はあると言うか、負けず嫌いと言うか、 私に監禁されているこの状態でも強気なのだが。 こういった事を口にする時だけは、少し……少しだけ、ナーバスになるようだった。 本人は決して認めないだろうが。 「……伴侶という言葉には色々な捉え方があると思いますが。 生涯を掛けて、あなたを守る覚悟があるかと言えば、微妙です」 だから私は少し残酷な気分になって、答えてしまう。 「……」 夜神は、小さく溜め息を吐いて無言でテーブルに着いた。 私も……何か後ろめたくなって、素直に人参ケーキを食べた。 しかし実際、夜神の世話女房面には、少々辟易していた。 野菜を食べろだの、健康第一だの。 幼い頃、さんざんワタリと繰り広げた闘争を、また一から始めるのか。 と思うと、溜め息を吐きたいのはこっちの方だ。 ワタリが、それを喜んでいるのがまた質が悪い。 ……何とか、夜神にも早く諦めて貰いたい物だ。 食事を終わり、PCを起ち上げると何通かメールが来ていた。 最初の差出人はメロだ。 私がキラを捕らえて以来、キラを追っていたニアやメロには、 私の生存を伝えてある。 最早キラを追う必要がない事を知らないで、幻影を追うのも無駄だし 「L」以外の誰かが捕らえたと思われたら、やっきになって 奪い返しに来ると思ったからだ。 「 親愛なるL。 そろそろ、キラを手放す気になったか? 前から言っているが、キラは紛う事なき大犯罪者だ。 本来、即刻死刑になっているべき人物なのは、分かっているだろう? 悪いが、そんな男を養ってるなんて、正気の沙汰とは思えない。 あなたの手で処刑しろとは言わない。 せめてキラを、野に放ってくれ。 俺が、必ず捕らえて始末する。 そろそろ決断して欲しい 」 ああ……確かに。 そうしたくなるだけの物を、夜神は持っている。 そうでなくとも、あの「キラ」を個人が管理しているというのは、 社会的にも道義的にも褒められた事ではないだろう。 デスノートがなくなったから、もう危険がないから、と言った事情は、 説明して納得して貰える物でも無い。 二通目を開封すると、ワタリだった。 「 おはようございます。L。 EL-07の件ですが、関係者のヴォイスレコーダーが手に入りました。 後ほど現物をお持ちしますが、取り急ぎ冒頭部分のファイルを添付します。 TCの件、銃火器使用OKです。 それから、月さんに良いスズキが手に入ったと伝えて下さい。 メニューを決めて頂ければ、必要な食材と共にお持ちします。 W. 」 ……仕事の話題と一緒に、今日の夕食の話か……。 ワタリはキラ事件当時、夜神の家庭環境を調べ上げている。 料理研究家の娘で自らも栄養士の資格と調理師免許を持つ母、 代々教師か警察官で、折り目正しさと正義感に溢れた一族に育った父。 その中に育った夜神は勉強も相当出来たが、規則正しく健全で 健康的な生活を送るに当たって、凄まじい才能を見せていた。 自律や努力という程の事も無い、彼の中では「朝六時に起きて健康的な朝食を摂る」 事は、ごく当たり前に努力もせずに出来る事なのだろう。 私とは、正反対だ。 人間の体内時計は二十五時間だと言う。 しかし私の体内時計は五十二時間かも知れない。 日が昇ろうが沈もうが関係なく、寝たい時に寝て起きたい時に起きたい私にとっては 手錠生活時代から、夜神の生活習慣は脅威だった。 「……夜神くん。スズキって知ってます?」 「魚の?」 「恐らく。ワタリが届けてくれるそうです。料理の仕方知ってますか?」 「そうだな、ワタリさんがわざわざ届けてくれるなら新鮮だろうから、刺身が良いな。 尾頭付きなら、アラは潮汁にして、量が多いなら残りはソテーにしても良い」 「何か欲しい食材、あります?」 「鰹節とたまり醤油と山葵か生姜。 ……後は三つ葉って手に入るかな?無ければ代用のハーブでも良いけど」 「メールして置きます」 オイル無しか……嬉々として材料を揃えるワタリが目に浮かぶ。 ワタリと夜神が、さりげなく気が合うのも私にとっては悩みの種だった。 ワタリと夜神が調理をし(ワタリの包丁捌きは鬼気迫っていた。 恐らく魚以外の何かも捌いた事がある)、三人で食卓を囲んだ。 彼が帰った後、夜神がぽつりと口を開く。 「……ワタリさんって、お前のお父さんみたいでお母さんみたいだな」 「そうですね、口うるさい所もそれっぽいです」 「そろそろ、同じ部屋で寝ないか?」 「脈絡がありません夜神くん。もしかしてワタリに何か言われました?」 ワタリが、セックスが絆を強めるなどという事を本気で信じている訳ではあるまいが。 彼は昔から私の性処理に気を配っていた。 性欲などに、私の頭脳が狂わされると思われているとしたら不快だし、 その為に夜神を利用しようというのなら、私以上に非人道的だという事になる。 「別に」 「なら、そんな風に言えば、ワタリが何か言ったと私が思い込んで あなたと寝るという作戦ですか?」 「何だよ。お前こそ、同じ部屋で寝たら我慢が出来なくなりそうか?」 揶揄うように言う、夜神の口調に軽く殺意が湧く。 ……私は夜神に、手を出していなかった。 以前、命を助ける代わりにさせろと口約束をした時は 確かに犯してやると思っていたが。 今となっては、夜神の前時代的な考えは……少し危険だ。 何だか、抱いてしまったら終わりという雰囲気がある。 だからこそ夜神は、私と関係を持とうとする。 彼の性癖はノーマルの筈だが、キラとして処刑される事から逃れる為なら 身体くらい差し出すだろう。 「別に。あなたの身体に興味はありません」 夜神は一瞬苛立ちを見せたが、すぐに偽悪的に笑った。 「ああ、そう。なら同じベッドに寝ても何という事はないよな? 十分広いベッドだろ」 「そもそも私、寝ませんしね」
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