基督と満月 8 気がつけば、窓の外はすっかり日が暮れていた。 東京の夜は明るい。 「……あなたはとにかく、月に支配されたいのですね?」 メロが思考を放棄したようなので、また私が続ける事にする。 「そう言えますね。一度被支配状態を体験してみたい」 「なら月にそう言ってみては? Lがキラに支配されるとなると問題ですが、幸いにも今は記憶を失っている」 「考えましたが、彼が主旨をすぐに理解してくれるとは思えません。 具体的に何をどうされたいのか、と聞き返して来るでしょう」 「具体的に何をどうされたいのですか?」 我々の会話を、メロは無言で気味悪そうに聞いていた。 着いて行けない、そう顔に書いてある。 「さあ……それがまた自分では。 被支配感を堪能したいのですが、月の言う事に無条件で従う、 というのは無理だと思います。 どうしても考えてしまいますから」 「キラ捜査、という点でも非常に不味いでしょうねそれは」 言いながら私は、突然一つの考えに囚われて上の空だった。 もう一度窓の外を見る。 少し離れた所にある高層建築は、外壁を照明に照らされて 美しい……そして淫靡な緑色に光っていた。 動悸が、激くなる。 目や鼻のじんわりした熱は去っていたが、ただ、 心臓が妙にその存在位置を誇示しし始めていた。 言うか、言わないか。 普通なら熟考してからでなければ口に出来ないような事だが。 私は自らの頭の回転を止めて、口を動かした。 「L……私は、体感した事があります。 従うとか考えるとか、そんな間もない常識離れした被支配感を」 Lは首を傾げたが、メロは冷水を浴びたような顔で 私の顔を凝視する。 「ほう……それは?」 「メロ。明かりを消して下さい」 「……」 今回はLは「Stop」と言わない。 だがメロが固まったまま動かないので、私は諦めて立ち上がった。 Lの前に行き、力任せにその手首を引く。 大人しく立ち上がってくれたので、部屋の反対側のベッドまで引きずった。 力一杯その胸を押して、ベッドに倒すとLは漸く目を見開く。 すると突然、その顔が……辺りが暗くなり、淡い緑色に光る輪郭だけが残った。 Lの黒目があった二カ所に、ぽっかりと白く丸い残像が浮かぶ。 漸くメロが照明を消してくれたらしい。 「少しの間耐えていて下さい」 そう言うとLは、「ああ、」と小さく息を漏らした。 ……自分でもひく程、その一声で興奮した。 「そういう事ですか」 「はい」 衣服の中に手を差し入れ、肌に直接触れると私の方が震えてしまう。 あのLに。 こんな風にのし掛かって、その肌を荒らす。 勿論もし本人が少しでも抵抗すればこれ以上は不可能だろうが、 そうでなくともまるで冒涜だ。 既に懐かしい、地球の反対側の小さな教会を思い浮かべる。 色硝子の前の、顔色の悪い男。 あの像を倒したり足蹴にしたりする様を想像しても何とも思わないが 私が今からしようとしている事には「畏れ」を感じた。 それでも。 頬が、首が、熱い。 自ら肌着を脱いで、横たわる、 目が慣れたせいで、白く、浮き上がって、 煩い、鼻息の音、ああ、私か。 ……爆発しそうだ。 「ニア」 ひそひそと、囁くような声だったが私は怒鳴りつけられたように びくん、と震えた。 「何か潤滑液がないと入りませんよ」 ……何を言われているのか分からない。 単語一つ一つは理解できるが、その構成が。 まるで耳慣れない外国語を聞いているようだ。 だがその時、何か甘い匂いが鼻を掠めて少し冷静になった。 顔を横に向けると、すぐ前に、先程Lがつついていた白い……今は緑色に光る皿。 たっぷり残った甘い油脂。とそこに浮かんだ飴玉。 その皿を支えている手。 その向こうに、手の持ち主であるメロ。 私は小さく頷いて謝意を示し、熱量を想像すると吐きそうなそれを、 たっぷり指に付けた。 自分の陰茎になすりつけると、洋菓子を食べていた時のLのひらめく舌と 僅かに糸を引いた唾液を思い出して、それだけで達してしまいそうになる。 もうこのまま、射精して終わった方が楽かも知れない、と思い始めた時、 「……ニア。恐れるな」 静かな声が降ってきた。 動きを止めて目を上げると、メロが皿を捧げ持ったまま 冷徹な目で私達を見下ろしていた。 「大丈夫だ」 そう言ってその顔を近づけてくる。 体温が近づき、微かに唇に触れて離れて行く。 ……子どもの頃、初めて屋外に出た時。 大きな、今思えば大人しい犬を恐れて動けなくなった私を、 こんな風にして慰めてくれた事を鮮明に思い出した。 「はい」 私はそれだけ言って深呼吸し、ふと思いついて飴玉を手に取った。 Lの穴に強く押しつけると銜え込むように開き、 殆ど抵抗なくぬるりと飲み込まれて消える。 ……何故かそれを見た瞬間、理性が飛んだ。 慌ただしくLの中に自身を押し入れ、飴玉をどんどん奥へと押し込んだ。 目眩がしそうな感覚。 メロはずっと心ここに在らずと言った面持ちで、 ただ機械的にLの肌を撫でていた。
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