基督と満月 6 「言いたい事は分かります」 扉を閉めて、メロが口を開く前にLが先手を打った。 「……この部屋も監視されるって事?」 「いえ。今本部には皆がいるのでそれはないでしょう。 誰か一人だけだったら分かりませんが」 安堵して、絨毯の上にしゃがみ込む。 椅子の上は、好きな時に寝転がったり足を伸ばしたり出来ないから苦手だ。 メロは長椅子にどすんと腰を下ろした。 「月がキラなんだろ?」 「はい」 「なら逮捕すればいいじゃないか」 「色々ありましてね……」 Lは椅子の上にしゃがみ込んで親指を咥え、何か考え込んでいたが やがて部屋の簡易金庫に向かった。 見れば一般的な宿泊施設にある程度の物だが、各室が監視されている事を 考えると、こじ開ける事など出来ないだろう。 そして、出て来たのは薄い透明な樹脂の容器。 中には……小さな紙片?罫線らしき物がある所を見るとノートだろうか。 ……まさか。 「はい。デスノートです」 「……燃やす前に千切っておいたのか?」 「いえ」 Lはそれを机の上に置くと、また椅子の上で身体を丸めた。 「ちょっと、それに触れてみて下さい」 「素手で?」 「はい」 私が軽く指で触れると、メロも同じように人差し指で触れた。 「!」 「うっ……!」 Lの背後に、黒い翼を持った影が……。 慌てて自分の短期記憶を走査するが、この部屋には間違いなく誰も居なかった。 一緒に入っても来なかった。 というか、この容貌……。 「死神……、ですか……」 漸く絞り出すと、Lは平然とした顔で「はい」と頷いた。 「捜査員達が見ていたのとは別の個体ですが。 これで死神の実在は納得して貰えましたね?」 「まだだ」 メロが勇敢にも立ち上がって、Lの後ろの黒い影に手を差し伸べた。 「……触れる。作り物じゃないのか」 言った瞬間、すっとその手が死神の体内に潜り込んだ。 「ひっ!」 『悪いな。俺は作り物じゃない。触る事も、触らない事も出来るんだ』 しゃがれた低い声は、確かにこの世ならぬ響きを持っていた。 我々の驚愕を尻目に、Lは、語り出す。 「私は最初から朝日月を疑っていました」 「だろうな」 「ところがある時、月が『自分がキラかも知れない』と言い出しまして。 記憶がないと言っていましたが当然監禁・尋問しました」 「……」 Lの監禁……何だか恐ろしいような気がした。 長い間待ち伏せた獲物に飛びかかる肉食獣のように、容赦なく 取り調べたのだろう。 だがそれが読めない筈もないだろうに、自ら監禁された月という男も 底が知れない。 「その時、持ち物をX線まで使って徹底的に調べたんです」 「で。この紙切れが出て来た訳?よく見つけたな。正直紙くずにしか、」 「腕時計の隠し蓋の中に大切にしまい込まれていました。 女性の写真でも貼って偽装しなかったのは、彼の大きな失敗ですね」 「……」 という事は、これは殺人ノートの一部……。 しかも恐らく「使える」、という事だ。 「それから私はこっそりと死神と対話を続けました。 中々情報を引き出せませんでしたが、私の推理が正しい部分に関しては 正しいと言ってくれるので、キラ事件の全貌はほぼ明かされました」 『ライトも大概頭良い奴だが、Lも負けてないぜ』 死神に褒められてもLは一瞥もくれず、淡々と話を続ける。 ……私は自分がデスノートに触れて死神が見えるようになった事、 月にこの死神が全く見えていない様子である事から、 一冊ごとに別の死神が憑いている事、何らかの方法で手放せば、 デスノートに関する記憶と、死神を失うという事が、推測出来ました。 ……そして、火口を追い詰めて。 月にデスノートを触らせて、記憶が戻る様を目の当たりにしたんです。 こっそり観察していると、案の定不自然に腕時計を触りました。 スライドした蓋の中にデスノートの切れ端がない事を知った時の、 彼の顔は見物でしたよ。 『どうかしましたか?月くん』 そう尋ねると、視線だけで人が殺せそうな形相をして。 「まるで別人」とは正にこの事でした。 『やはり、第三のキラを……火口を殺すつもりだったんですね?』 『……』 『火口のノートにさえ書かせなければ大丈夫だと思っていましたが。 さすが、先読みが深いですね。 で、あの切れ端は、元々そのノートの一部なんですか?』 『……黙秘する』 月は私に全て知られている事を察して神妙な態度になりましたが、 その裏では何故露わになったのか、これからどう動けば形勢逆転できるのか、 超高速で考えているのが分かりました。 『竜崎、頼む。逮捕は自首するまで待ってくれないか』 『往生際が悪いですね』 『自分の為に言っているんじゃない。知っての通り父は心臓が悪い。 出来るだけ体調が整っている時を選びたいんだ』 『まあ……いいでしょう』 下手な時間稼ぎでした。 今キラとして捕まって死刑になる位なら月は、どんな不利益を被っても 相手の名前が見える目を手に入れ、ノートに私の名を書くでしょう。 『ただし、このノートは焼却破棄します』 『ああ。出来る物ならしていいよ』 『?』 今思えば月も動揺していたのでしょうね。 言わなくても良い事を言ってしまった。 捜査本部に戻って、デスノートを詳細に調べてみると、使用方法以外に いくつか制約があり、その内の一つが、 「最後に名前を書いてから十三日以内に別の名前を書かなければ 書いた人間は死ぬ」 という物。 ですが、それは嘘だと私には分かりました。 月は十三日以上書き込んでいませんし、月がキラなのも確かなのですから。 記載に嘘があるなら、その次の 「このノートを破棄すればノートに触れた全ての人間が死ぬ」 も嘘である可能性が高い。 月が公にデスノートを再び手にする事が計算だとするならば。 私や捜査本部が、殺人ノートの破棄を一番に考えるのは予想できたでしょうし それは何としても防ぎたい所でしょう。 そして、『出来る物なら』の一言。 ですから私は、宣言通りデスノートを燃やしました。
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