基督と満月 5 「二人部屋で良い?」 「はい。勿論」 「ごめんね。他に沢山部屋があるんだけど、一応人が居る部屋は 全室監視する事になってるんだ」 「監視の手間を減らす為の同室ですね?」 「そう」 月は少し目を見開いた後、またにこりと笑った。 愛想の良い男だ。 だが、キラかも知れない。 いや、Lがキラだと思っているというのなら、間違いなくキラなのだろう。 問題は何故それが、捕縛もされず大手を振って捜査本部にいるか、だ。 「でも、今は形だけで本当に監視なんかはしないよ」 「あんたの部屋以外?」 「……」 「月……あんた、キラなんだな?」 「……」 メロ……それはあまりにも。 同じ事を思っていたようだが、いきなり直球過ぎる疑問を投げかけた。 月は表情を消して少し溜め息を吐く。 「……凄いね。来たばかりでそれが分かるなんて」 「何故、殺人をやめたのですか?いや、何故、」 「待ってくれ。僕はキラじゃない。 Lはそう思っていた、という事だ。今では疑いも晴れている」 「……」 Lが一度は疑って……、それでも容疑が晴れた? ……Lには霊感というか、常人離れした直感力がある。 それを陳腐な言葉で表してしまうと「超能力」とでも言うしかないが。 Lは決して間違えない。 そのLがこいつがキラだと言ったのなら、キラなのだ。 この若さ、礼儀正しく愛想の良い態度、一見そうは見えないが、 見えないからこそ、それでもこいつを指差したという事は よほど確信があった、という事になる。 なのに、こいつの容疑を解かざるを得なかった……。 という事は、Lに匹敵する頭脳と、超能力を持っているとしか思えない。 ああ、キラならば対象に近づかずに殺せるのだから、 間違いなく超能力者か。 「月。Lがあんたを疑って、その疑いを解いた経緯を 詳しく話してくれないか?」 私も訊きたいと思っていた事を、メロが尋ねたが 月は小さく肩を竦めて困ったような顔をしただけだった。 「Lが良いと言ったらね」 「……」 「でも、多分良いと思う。君たちはLを継げる程優秀だと言っていたし。 捜査を手伝ってくれると良いな、と個人的には思う」 ……なんだこの余裕。 本当に、キラではない、のか? 「こっちがシャワールームでこちらがトイレ、一応カメラは付いているけど 気になるようなら紙か何かで覆ってくれて良いよ」 平然と部屋の案内を続ける月に、我々は戸惑いを憶えずにはいられなかった。 荷物を置いて一休みして本部に戻った。 Lと月が最近の捜査の流れを説明してくれる。 それによると、先月どうやら「火口」というキラの一人を捕縛し、 その後キラの殺人は止んだらしい。 「キラって何人もいたんですか?」 「少なくとも三人は。しかし主犯は一人だと私は思っています」 それぞれの机に向かい、聞くともなしに聞いていたらしい捜査本部の面々に うんざりとした色が浮かんだ。 やはりLと彼等は上手く行っていないようだ。 「殺人手段は?」 「火口はノートに殺したい相手の名前を書くのだと言っています。 ただその証拠のノートは私が燃やしました」 「全く。向こう見ずにも程がある」 月が、舌打ちしそうな顔でLを睨みながら言う。 「そのお陰で、ノートに書かれたルールに嘘があった事が分かったじゃ ありませんか」 「結果論だし、ノートが本当に殺人手段だったのかどうかすら、 検証する事すら出来なくなったじゃないか」 「検証するとしたら実際殺して良い人間の名前を書く事になりますが。 そんな事、する気もないくせに」 「それはそうだけど」 あのLと、対等に会話をするとは。 なるほど。確かにこの月という男、恐らく聡明なのだろう。 話の見えなかった部分の説明を促すと、月が手短に説明してくれた。 即ち、 ・キラの一人である火口を捕縛した時、殺人手段であったノートも押収。 ・殺人ノートに触れると死神が見えたので、常識的な物理で測れる 物質ではないのは確実。 ・殺人ノートにはルールが書いてあり、ノートを破棄すれば ノートに触れた者全員が死ぬ、とあった。 ・当然手を出せない筈だったがLがゲリラ的に焼却。 ・皆戦々恐々としたが、一ヶ月経過しても誰も死んでいない。 ・Lは一時全員から敵視されていたが、徐々に信頼回復中。 ・死神はいなく(見えなく)なった。 しかし、Lと月の推理によれば人間界には少なくともあと一冊 ノートがあり、キラもいる。 それらの行方を突き止めなければキラ捜査班は解散できない、 だが新たな事件が起きないと動きが取れない、という 煮詰まった状態との事だった。 「だから正直、君たちが優秀な探偵の卵だと聞いて ありがたかったんだ」 月は屈託のない笑顔を浮かべた。 どうにも……こいつがキラだとは思えない。 それとも、絶対に尻尾は掴ませない、という余裕か。 「うむ。年若いが、月も君たち位の時にはいっぱしの探偵気取りだった。 何か思う所があったら遠慮なく言ってくれ」 「父さん……探偵気取りなんかしてないだろ」 「お年玉でホームズみたいな鹿打ち帽を買っていたじゃないか」 「父さん!」 何だ……この馬鹿馬鹿しい、というか白々しい会話は。 黒い菓子(日本の菓子で豆を潰した物らしい)をもぐもぐと食べていたLも、 ごくんと飲み込んで口を挟んだ。 「……私も昔、あの鹿打ち帽と Inverness coat を買いました。 お揃いですね月くん」 「ああ……うん」 「……」 腑抜けたLと、稀代の大量殺人鬼の捜査現場とは思えない緩んだ空気に 脱力する。 「話を戻していいか?」 メロは苛々と続けた。 「まず、その『死神』ってのが良く分からな」 「というか全然信用出来ません。信じられません」 メロの遠慮した物言いに本音で重ねると、 「おい!ここに居る全員が見たって言ってるんだぞ?」 何故かそのメロが私に怒って来た。 「全員で口裏を合わせているかも知れないのに、メロは信じるんですか?」 「……私まで、ですか?」 Lが揶揄うような表情で、首を傾げた。 「まあ、いくら人数が多くても他人が言う事を鵜呑みにしないのは良い心がけです。 それでは、これは謎解き問題と考えて下さい。 私は出題者です。出題者は嘘を吐きません」 死神は居る、殺人ノートは実在した、という前提条件での推理か。 難しいが面白い。 「L。もうちょっと詳しく聞きたいんだけど」 メロがそう言うと、Lは我々を私室に招いてくれた。
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