基督と満月 4 情けないが私はメロに頼り通しで飛行機に乗り、 初の海外渡航を遂げた。 てっきりメロはハウスを脱走するのだと思っていたのだが (興味がなかったので深く考えもしなかった) ちゃんと手続きを踏み、金も用意していたらしい。 空港でメロが私の航空券を手配してくれるのを待つ間に ロジャーが私の旅券を持って来てくれて、非常に決まりが悪かった。 それから、東京に着いてメロに手を引かれて…… 遂に私は、Lが設計し、建てたという高層建築にやって来た。 それはこの巨大都市にあっては異形ではなかったが、それでも 大きな建物だった。 流行を取り入れて全面硝子張りだが、内部が緑色に見える。 大統領専用車並に硝子が厚いのだろう。 「防犯体系が激しそうだな」 「どうします?」 「取り敢えずは正面突破だ。Lは俺達の顔を知っている。 運が良ければ入れてくれるだろう」 「そんな行き当たりばったりで……」 「ならおまえならどうするんだ」 「Lが設計したと言っても施工したのはこの国の人間でしょうから まずはその人間を探して、」 「行くぞ」 メロは私の話を最後まで聞かず、地下駐車場に入って行った。 (驚くべき事にground floorには「玄関」に類する物が無かった) 入り口らしき場所の手前で既に金属探知機が道を遮っていたが 呼び鈴を押して monitoring camera に目を向ける。 『……何のご用でしょうか』 切り口上だが、日本語という事は可能性がある。 Lが居て、我々が日本語が話せるという事を伝えているかも知れないからだ。 普通は外国人を見たら、少なくとも英語で話し掛けるだろう。 「俺達は……Lの知り合いだ。英国から訪ねて来た」 『お待ち下さい』 これは、ありがたい。 まさかこんな簡単に入れると思っていなかった。 数分待つと、野菜を想起させる頭の日本人が入り口から現れた。 身振り手振りで、金属を外して籠に入れて金属探知機をくぐれと言っているようだ。 「こいつ……英語を話せないらしいな」 「日本警察の人間でしょうか。まさかの人選ですね」 小声で会話しながら、言われた通りにする。 空港で体験したばかりだから手慣れた物だ。 ……と思ったが、空港の物より感度が良いらしく、手こずった。 唯でさえ慣れない靴で疲れていたのに、変な所で服を 脱いだり着たりして(これがまた慣れていない)倒れそうだ。 やっと入り口を抜け、昇降機に乗った時は思わずメロに 凭れ掛かってしまった。 Main monitoring room らしき場所に案内されると、 Lはあっさりと中央の大画面の前に陣取っていた。 やや逆光気味で、正に教会の色硝子の前の「レオナルディ神父」だ。 そう言えばこんな顔だったか、と頭の中の棚を整理する。 十字架男と印象が変わらない面立ちで新鮮味がないのが、面白い。 だがすぐに教会とは決定的に違う事に気づいた。 「神父」の周囲に表情のない東洋人が並んでいる。 ……印象を訂正しよう。 まるで玉座に座る王とその家来。 王たるLが元気そうで安堵したが、明らかに迷惑そうな顔でもあった。 「お久しぶりです」 「はい。久しぶりですね」 自分がLの前で構えず、普通に話し掛ける事が出来た事に安堵した。 Lも気不味そうな様子を毛筋程も見せない。 ……まさか前回会った時の事を忘れているのか? いや、彼にとっては思い出す必要もない程些細な出来事だったのか。 「さて。何をしに来たのですか?」 「……ロ、ロジャーから聞いてないのか?」 「防犯上の理由により、現在は外部からの連絡をほぼ遮断しています」 抑揚のない冷たい言葉に溜め息が出た。 そのせいで心配させられたのだが、Lにとっては気に掛ける程の事でも ないのだろう。 「長い間キラの報道もLの消息もなかったので……心配になって」 「そうですか。すみませんが余計なお世話です」 その時、Lの隣にいたやけに若い男が割って入った。 「おい、せっかく遠路はるばる来てくれたのにそんな言い方ないだろ? 事件に進展もないんだし、いいじゃないか」 助けてくれたのか……捜査員にしては若い男だな。 女みたいな顔をしている。 「ごめんね。Lは今、気が立ってるんだ。キラ事件に進展がなくて」 「ライト君」 「いいじゃないか。おまえがここまで入れるって事は、 アイバーやウエディと同じく信頼できる人達なんだろう?」 「……まあ、そうですが」 それにあの「L」に対して驚くほど馴れ馴れしい。 何だか……向こうの方が、Lの身内みたいだ。 勿論今だけの兵隊だろうが、Lは孤高の存在だと思っていたので意外だった。 「遅くなったけれど紹介するよ。日本警察のキラ捜査班だ。 向こうの端から松山さん、模地さん、相川さんはさっき会ったね、 それから朝日局長……ここの責任者だ」 「初めまして」 「それから僕は朝日月。moonという漢字を書いて Light と読む。 朝日局長の息子で、Lの大学での友人でもある」 「……」 「色々あって今は休学して、この捜査本部でキラ捜査を手伝ってるんだ」 男はにこやかに言う。 胡散臭い気もするが、一般人がこの年でLの手伝いをするという事は 相当優秀なのだろう。 ……ってLが大学? メロと目配せをする。 Lが今更大学? そんな暇な事をするとは思えないので、目的があったのだ。 それは現在与えられた情報内では、この男と近づく為だったとしか思えない。 ……この男が、キラの第一容疑者だ。 メロの顔にもそう書いてあった。 一気に警戒心が強まる。 我々がどう自己紹介した物かと考えていると、Lが諦めたように 口を切った。 「彼等は、私の後輩です。非常に優秀です。『L』を継げる程です」 「それは凄いな」 「金髪の方をメロ、銀髪の方をニアと呼んで下さい。 我々はお互い本名を知りませんし、仮名で呼び合っています」 穏やかに見えた月が、軽くLを睨む。 そうか……月がキラだとしたら何としてもLの本名を知りたい筈。 我々からLの本名を聞き出そうとしても無駄だと、 釘を刺されて気を悪くするという事は、月自身も自分がキラ容疑者である事を 承知しているのだ。 「そう。じゃあ後輩って何の後輩だとか、そういった事も聞かない方が良いんだな」 「勿論。Lの個人情報に関する事は全て詮索無用です」 「分かった。 メロ、ニア、疲れただろう。部屋に案内するよ。 それとももしかしてどこかに宿取ってる?」 「いいえ。空港からこちらに直行したので」 「じゃあ好きなだけ滞在すると良い。良いよな?竜崎」 「……分かりました」 リューザキ……「L」が既に仮名なのに、更にその仮名か。 この男とLの間には、因縁がありそうだ。 とは言え今は大人しく、メロと私は月に従った。
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