基督と満月 3 「ハウスを出る」 長らく会話をした事がなかったメロが、突然私に話し掛けてきたのは それから更に一年近く経った後だった。 二人してLに抱かれるというあまりにも衝撃的な一夜が過ぎ、 朝になっても私達は目も合わせず、一言も交わさず、部屋を出て それきりだった。 だが一つ分かった事がある。 メロも私も、Lを超える事は絶対に出来ない。 知識が豊富だとか頭の回転が速いとか、そんな物だけではない。 Lは、絶対王者だ。 ……そして「天才」と呼ばれる人々にありがちだが、「狂人」だ。 彼は生まれ持ったその霊感と直観によって、多くの事件を 解決に導いて来たのだろう。 我々が彼を「神」と定義したのもあながち外れてはいなかった訳だ。 私も「天才」と言われるが、格が違う。 いくら努力しても、この差は埋められない。 一夜の彼の異常行動でそれが分かってしまい、私は生まれて初めて 心細いような無常感を味わった。 メロもそうではないかと思ったが、確かめたいとも思わなかった。 Lが乗り出してからもキラは犯罪者を殺し続けている。 探偵は何をやっているのかと世間の風当たりも強くなっていたが、 私には、彼がキラに負けたままでいるとはとても思えなかった。 そして先月、キラの殺人はぴたりと止んだ。 今までも週単位でキラの殺人が止まった事はあるが、 今回はいつもと違う気がする。 だがLがキラを捕らえたという発表もなく、二人とも消息不明だ。 PC画面越しの対話以来、Lに幻滅していたハウスの子ども達も Lはキラを仕留めて自らも死んだのではないか、二人とももう この世に居ないのではないか、と噂をはじめ。 私もそこはかとない不安を感じ始めた時……食堂を後にする私の肘を、 メロが引っ張ったのだ。 「ハウスを出て、どうするのですか?」 「Lを探す」 「……」 私も私なりに心配していたつもりだが。 思いつかなかった選択肢だ。 「どこで?」 「まず日本だな。 ロジャーのPCに侵入して、Lの東京での拠点の情報を手に入れた」 「……」 簡単にここを出て、一人で移動して、一人で飛行機に乗る、などと 言うメロ。 私はこの建物から出る事すら心許ないので、素直に感心した。 「そうですか」 「俺は必ずLを見つける。そして彼の後を継ぐ」 「……」 そうか……。 私にはLを追いかける度胸も能力もないから、結局Lを捕まえるのは メロなんだな。 私も将来「L」とは名乗らなくとも探偵になるだろうから、 その時にまた相まみえる事もあるだろう。 「そうですか。元気で」 「おまえは口惜しくないのか?俺がLのあとを継ぐって言ってるんだぞ?」 「口惜しくないとは言いませんが。 探偵としての実力は、いつか決する時が来るでしょう」 メロは見慣れた目つきで私を睨んだが、突然腕を掴んでいた手に力を込めて 顔を近づけて来た。 「ニア。一緒に来い」 「……」 ……何を、言っているのだろう。 そんなの無理に決まってる。 私がハウスを、国を出るなんて。 それに、何故嫌っている私なんだ。 「……一人では、不安ですか?」 「はぁ?!」 メロは「もういい!」と吐き捨てて、私の手を離して行ってしまった。 すぐに袖をまくり上げてみたが、痣にはなっていなかった。 その日は何となく勉強に身が入らず、個人授業を断って ひと気の無い教会に行った。 自分とは無関係だと思っていたが、私はどうやらメロがLを追うという事態に 少なからず動揺しているらしい。 薄暗い広間に入り、祭壇近くまで行って貼り付け男を見上げる。 今は照明がないので影しか見えない。 まるで神父のLのようだった。 湿気でひんやりとした長椅子の一番前に座る。 「……L」 意味も無く独り言を呟くと、Lが余計に遠ざかる気がした。 「何故、キラを捕縛したと、宣言してくれないのですか?」 キラを止めているのは、Lだ。 そうでなければ不慮の事故でキラが死んだか動けないかという事になるが、 それならそれでLが何か声明を発表する。 あるいは、せめてワイミーズには自身の無事を知らせて来る筈だ。 みんなが言っていた、相打ち、という嫌な言葉が思い浮かぶ。 いや、Lには確か腹心の部下がいた筈……せめて彼から何か連絡がある筈。 何が何だか分からない……。 夜の外気という物は思ったよりも冷たく、私は念のために持ってきた 軽い外套に身を包んで石段に座り込んだ。 この外套はマットが気に入っていた、というのは知っているが規則違反ではない。 ハウスでは服も個人所有ではなかったが、皆それぞれ気に入りの服があり、 他の者がそれを着る事はほぼなかった。 それで衣装室の服には全て「持ち主(仮)」がいる状態で、 私が着られる服は事実上ない。 今まで外出しなかったのでそれで困らなかったが、 いざ外に行こうとすると、大変困った。 だが私が勝手に誰かの服を着たりマットの外套を着たりしても 表立って文句など言えはしないだろう。 まあ、もう帰って来ないのだから何と言われても構わないが。 「……ニア」 白い息で手を温めていると足音がして、扉から大きな鞄を背負った メロが出て来た。 「……」 「……」 黙って見上げていると、無言で軽く顎をしゃくって門へと歩き出す。 私は立ち上がり、足の痺れに驚いてそろそろと屈伸をした後、 その後を追った。
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