釣月記 2 夜、皆が寝静まった後。 私は夜神を監禁した部屋の監視カメラを切り、一人で地下へ足を向ける。 もう寝ているだろうと思ったが、私がスチールのドアを開けると 鉄格子の向こうでがばっと身を起こした気配があった。 明かりを点けると、後ろ手に縛られたまま目をしばたたかせている夜神が見える。 「竜崎……」 「起こしましたか。申し訳ありません」 「何か用か」 「はい。とても重要で、内密のお話があります」 夜神は不審げに目を細めた後、監視カメラに目を遣った。 「赤いランプ、消えてますよね? 録画もしていませんし、誰も見ていません」 「……そこまでして、何の用だ。司法取引でも持ちかけるつもりか」 「まさか」 そう言って夜神の顔をじっと観察しながら、後ろポケットから丸めた黒いノートを 取り出した。 こういう事は先手必勝だ。 考える暇を与えてはならない。 ゆっくり広げ、表紙を夜神に見えるように向ける。 「……」 夜神は1.5秒ほど……夜中に私に突然話を振られた状況にしては 不自然でない程度の間を開け、 「何だそれ」 と首を傾げた。しかし。 「……ありがとうございます。その顔色で完全に分かりました。 あなたが、キラです」 夜神の顔は、一瞬で土気色に変わっていた。 その、平静を装った穏やかな表情との対比は笑える程だ。 「意味が分からない。何なんだ?そのノートは」 「まだとぼけますか?」 「とぼけるも何も」 「分かりました。では、ここにペンがありますから、 このノートにあなたのサインを頂けますか?フルネームで」 「……」 夜神は少し顔を引いたが、青ざめた顔のままでにこりと微笑んだ。 大した精神力だ。 「いいよ。まず手錠を外してくれよ」 「分かりました」 本当に、書くつもりだろうか。 キラだと明らかになって家族に迷惑を掛け、屈辱的な死を迎えるよりは 今自死した方がマシだと考えるか。 後ろを向いて鉄格子ごしに手錠を見せたので、鍵を開けて 両手を自由にしてやる。 「ああ……やっぱり両手を好きに動かせるのは良いな」 「どうぞ」 両腕をぐるりと回しているのに、鉄格子ごしにノートとペンを差し出す。 ……! ……愚かな。 何という、幼稚な事を。 「月くん」 いや、やはり夜神はそんな愚行はしないだろうと、を括っていた私の失敗だ。 夜神が突然、私の両腕を掴んで自分の方へ引き込んだのだ。 中で手錠を掛け、今度は私が鉄格子に拘束されている状態になってしまう。 「何のつもりですか?」 夜神は答えずにニヤリと笑い、ゆっくりとノートとペンを拾い上げた。 「どうして自分で僕の名前を書かないんだ?」 「どうして私が書いても結果は同じだと知ってるんですか?」 夜神は目を伏せて口元だけで笑った後、 ペンを持った親指の付け根の上でペン軸をくるりと回転させた。 「リューク、気が変わった。目の取引だ」 リューク? 私に話し掛けているのではない、か? 『……寿命半分だぞ?良いのか?』 その時、どこからか人間の物とは思えない、脳に直接響くような低い声が。 リュークと言ったか……死神、か? まさかそんな物が。 いや、殺人ノートが実在したのだから、死神が居ても不思議はない……。 むしろ居ない筈がない……。 「月くん。死神と目の取引とやらをすれば、顔だけで殺せるようになるんですね? しかしその代償は寿命の半分、と」 「おまえがそれを知る必要なないよ。 ……もうすぐ死ぬんだから」 こちらを向いた夜神の頬は先程と打って変わって紅潮し、生気に溢れていた。 ……これが本当の、夜神だ。 その台詞の内容にも関わらず、私は彼を非常に美しい、と思った。 「認めましたね?」 「ああ、そうだ。僕が、キラだ」 「……」 「おまえが誰かにそれを伝える暇はないけれど」
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