釣月記 1
釣月記 1








夜神を監禁し始めてから、三日が過ぎた。


当初、夜神は自分を監禁させて、それでもキラの殺人を止めない事で
自らの潔白を示そうとしていたのだと思ったが。
予想に反して夜神を監禁した途端、ぴたりと殺人は止まっている。


どういう事だ……。
まさか本当に、キラであった事を認めた上で「記憶がない」と逃げるつもりなのか。

いや、まだそう決めるのは早計だ。
しかし。

あまりにも予想と違う展開に、戸惑いを覚えずにいられない。


……嫌な予感がする。




正体の無い焦燥に追われて、私は監禁前の夜神の監視画像を何度も見直した。
それから、日本の捜査本部にも内密で夜神の靴に仕込んだGPSの移動記録。

既に十分に吟味してあり、またそんな事で足を出すとも思っていなかったが、
他に打てる手が無い。

眺めるPC画面上の地図の上を、早送りで移動する点。

大学に入ってからは、色々と移動をしているが特に怪しい点はない。
高校時代と変わったと言えば、外食が増えた事、
時折自分で食料品店に行っていた事……いやこれは高校時代からか。

とは言え、生活環境の変化を考えればどうという事はないだろう。

後は夜中に偶にコンビニへ。
これも平均的な日本の男子学生像だ。

それから、週の半分くらいは早朝のジョギング。
優等生過ぎる程優等生だった彼らしいと言えばらしいが……。


……?


私はマウスに手を伸ばして夜神の移動点の再生を止めた。

日時を見ると、それは弥を監禁した数日後の早朝。
一時間を二秒に凝縮したデータだったが、一定の速度で移動していた夜神が、
近所の公園の林のある一点で、1.2秒も停止したのだ。

私とした事が、行き先は全てチェックしたが、細かい滞在時間は
見逃していたらしい。

慌てて別のPCで当日の天気を調べた。
湿気は多いが、雨は降っていない……。

という事は、雨宿りでもない。

調べれば何でも無い事かも知れない。
急に便意に襲われて人目につかない所で用を足していただけかも知れない。

だが、他に調べるべき点もない。

私は現在の夜神の監視映像を見た。
ベッドの下に凭れて、目を閉じている。

「ジョギング中に長い間立ち止まった事はありますか?」と聞いてみたかったが。
夜神の持ち物にGPSチップをつけていた事が日本警察にバレても不味いので
やめた。




「L、本当に一人でよろしいので?」

「はい。車で待機していて下さい」


ワタリを待たせ、金属探知機とショベルを携えて件の場所に向かう。
夜神が立ち止まっていた地点は、現場に来ても本当に何も無かった。

林の中ではあるが、偶に悪戯な人間が通るのだろう、
獣道的に草が生えていない場所がある。
しかし、あまりにも何の変哲も無い。

だがそこに、いたく興味を惹かれた。
エロティックな本でも捨ててあるような場所であれば、すぐに帰っただろうが。

金属探知機の電源を入れ、辺りを探索する。
いくつか錆びた空き缶を見つけた後、枯れた木の根元に強い反応が出た。
見た所金属の物はないので掘ってみた所……。


まさか。


少し掘っただけで、簡単に金属の菓子缶が出てくる。
ガムテープで厳重に封をされている。

いや……夜神が埋めた物とは限らない。
近所の子どもの悪戯である可能性の方が高い。

そう自分に言い聞かせながらも、逸る気持ちを抑えてガムテープの端を摘み
丁寧に剥がした。
蓋を開ける時はさすがに一瞬躊躇ったが、勿論開けない訳には行かない。


「何だこれは……」


そこには、思わず独り言を呟いてしまう程、分かりやすく禍々しい
黒いノートが入っていた。
表紙に書かれてるのは日本語でも英語でもない、妙な模様だ。

余りにも漫画的……やはり、子どもの悪戯か……。
いや、選りに選って夜神が立ち止まったこの場所で、こんな奇妙な物が
出て来たのだ。
詳しく調べて見る価値はある。

そう思いながら摘み上げる。
中をぱらぱらと捲ったが、普通の大学ノートのようで何も書かれていなかった。
だが、ページが切り取られた痕跡がある。


「これは、一体」


……万が一。
万が一本当にこれが、殺人手段だった場合。

夜神はこのノートを使って殺人を行った事になる。
そして、一旦このノートを隠して私に監視させ、キラの殺人を起こして
容疑を晴らす……。
その後、良いと思った時に自分か弥がノートを掘り出して、キラに戻る。

だが、ノートなしにどうやって殺人を行うというのか。
しかも監禁中に殺人が起こった程度では私の疑いが晴れないのは彼も承知の筈。
また、弥がどう関係して来るのかも問題だ。

いや。
殺人を起こすとしたら……弥以外の協力者だ。
ページを切ってある所を見ると、切り取った物でも殺人は行えるのだろう。

……これが、嫌な予感の正体か。



そこまで考えた時。

ヴヴヴ……

突然ポケットの中の携帯のヴァイブレーション機能が作動した。


『L。もう一時間経ちますが。大丈夫ですか?』


ワタリの声に時計を見ると、確かに思ったより時間が経っていた。

馬鹿馬鹿しい……。
遠隔で殺人が行える殺人ノートなど。


「問題ありません。もう戻るので西側入り口に車を」





……だが、驚くべき事に私の掘り出した物は、本物の殺人ノートだった。

極秘に処刑される死刑囚の処刑時刻を遅らせ、予定時刻に名を書いた所
その直後に心臓麻痺で死んだのだ。

数人試したが、死ななかった者も居る。

私が写真を見ず、顔を知らなかった者。
わざと名前を少し書き間違えた者。
処刑時刻より後を、死亡時刻に指定した者。
一旦名を書いた後消したり、「死亡しない」と書いた者も死亡している。

殺人ノートの法則が、大体分かった。

とにかく顔を知られている者にノートに名を書かれたら、逃れる術はないという事だ。






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