クリスマス・ファンタジー 5 「……性夜とはよく言ったものですね」 「日本のクリスマスは、そんな感じだね」 抜かずに何度か射精して、僕達はモニタ前のフロアに寝転がってしまった。 熱い……体が燃えるようだ。 「ええっと……シャワーどうしよう。交代で浴びる?」 「手錠を外す訳ないでしょう」 「じゃあ監視諦める?」 「誰のせいでこんな事になってると思ってるんですか」 竜崎が眠らないのなら、仕方ない。 僕が、一時でもモニタルームから引き離す。 何故そんな不確実な事に賭けたのか分からないが、ワタリの狙いは そうだとしか考えられない。 ……まあその思いつきを言い訳にして、強引に抱いてしまったという経緯もあったりするのだが。 「ならどうするんだ。今の所どの部屋も全く異常ないよ。 二人で急いでシャワーを浴びて、居なかった間の分は後で録画見たら?」 「そんな事をしたらあなたは、どうせワタリがプレゼントを置いて映像を差し替えたんだ、と言い張るんでしょう?」 分かってるのか。 いや、何と言っても「世界一の探偵」なんだ、その程度の事は思いつく、か。 「じゃあこのまま服を着るのか?」 「それも困りますが」 お互い、腹に散った精液は乾き掛けていて、汗もべたべたしている。 一応明日も休みだが、使命感の強い僕の父などが早朝から出勤して来たりしたら目も当てられない。 「全く、」 裸のまま胡座を掻いて文句を言おうとしたその時、竜崎が僕の目を見て「シッ」と口に指を当てた。 「え?」 僕を通り越した視線に、背筋が冷たくなる。 監視カメラには、何も映っていなかった筈だ……。 “……” 背後から……僕の物でも竜崎の物でも無い、低い声。 何を言っているのか、聞き取れない。 「なっ、」 思わず振り向くと、そこには……紺色のコートを着た恰幅の良い老人が居た。 「誰だ!というか、一体どこから、」 “Merry Christmas” 「え?」 いやいや、サンタのつもり? 全く普通の外国人に見えるが。 それより一体どこから、監視カメラはおろか、この部屋の入り口さえ、 「Would you talk in English? He cannot understand Finnish」 “OK” 竜崎は全く慌てた様子を見せず、体を起こして静かに老人に話し掛ける。 紳士的な物言いと、精液まみれの裸が異様なコントラストを為す。 だが老人は、僕達にひくでもなく当たり前のように答えていた。 “長いお付き合いですが、初めまして、ですね” “ああ。今年のプレゼントを持って来たよ” “ありがとうございます” だが老人はコートのポケットに両手を突っ込んだまま、どこにも物を持っていそうな様子はない。 「ええっと、その人、誰?」 「我々が待ちわびていた人ですよ」 「サ、サンタクロース?」 「その通りです」 「いや、でも、赤いコートとか、トナカイとか、」 「そんな物は最近になって企業がつけたイメージです。 サンタクローズが赤い服を着るだなんて決まっていません」 「プレゼント、は?」 “他の子ども達に配る贈り物はどこに?” サンタ……いや、怪しい老人は無愛想に天を指差した。 常に「ホッホッホッ」と笑っているような朗らかなイメージとも合致しない。 “普通は『サンタクローズの姿が見たい』などという希望は叶えないんだがね” 老人は仏頂面のまま口を開く。 “まあ君はかなりの『お得意さん』でもあるし、もう一つの希望の品はどうしても用意出来ないので仕方が無い” 僕は思わず竜崎の顔を向き直る。 「おまえ、監視って、最初から姿を見せてくれるように頼んでたのか?」 「はい」 「なら二人で監視した意味ないじゃないか!」 「いえ。逆に姿を見せず、もう一つの希望プレゼントをくれる可能性もありましたから」 「……」 いつの間にか、サンタクロースを認めた立場で話をしている自分に微かに苛立った。 いや、でも。 高層ビルの上層階の密室に……忽然と現れた、白人の老人…… 「……希望の、プレゼントって?」 竜崎に問いかけたつもりだったが、老人が答えた。 “キラの、殺人手段だ” 「!」 そんな、物を。 “何故今回に限ってダメだったんですか? 今まで犯罪の証拠品や隠された凶器をくれた事もあったじゃないですか” “私が手を出せる物ではないからだ。 私は人間界に近しい場所に居るが、キラの殺人手段はまた別の世界の物だ” “そうなんですか……ありがとうございます。それだけでも大ヒントです” 「……」 頭が、真っ白になった。 その後、怒濤のように思考の渦が押し寄せる。 この謎の老人……サンタクロースかどうか分からないが、この世の者ではないらしい。 Lが様々な不可能事件を解決して来たのには、そんな秘密があったのか……。 でもそれって反則じゃないのか? キラの殺人手段は、この世の物ではない……。 まあそうとしか思えないが、はっきり言われると、やはり衝撃だな。 「月くん?」 「え?あ、ああ、」 「これでサンタクローズの実在を、信じて貰えましたね?」 「ええと……」 老人は、用は済んだとばかりに背を向けようとしている所だった。 帰るのか? どこから?どこへ? 「し、信じたら、僕にもプレゼントをくれますか?」 何言ってるんだ僕は−! この期に及んで何を卑しい事を、 「それはどうでしょう月くん。一度疑ったらもうダメですよね? 私は最初から信じてるというか知っているので疑うも何もないですが」 老人は動きを止め、ゆっくりと振り向いた。 “それは、考えておこう。 私を信じるのは結構だが、見た所君はもう『純潔』ではなさそうだが?” “え!サンタクロースが来る条件って、それなんですか?” “それもある、という事だ” “私、女性とはまだ寝た事ありません。そう言う意味では童貞です。 自慰もした事ありませんし” “……” 老人は初めて口の端を歪ませ、笑いを堪えるような顔をする。 “まあ、元気で” 「ま、待って下さい!握手、して下さい!」 断じて軽薄な気持ちではない。 その、思い切り実在に見えるが、本当に3D映像じゃないのかはっきり確認しておかないと後悔しそうだから。 老人は少し眉を顰めたが、手袋を外して右手を差し出した。 その指は太く、掌は大きく、しかしとても柔らかくて……暖かかった。 「ありがとうございます」 老人はそれを聞くと今度こそ僕達に背を向け、窓に向かって歩いて行く。 全面ガラスに、ぶつかる、と思った瞬間。 本当に映像のように何の抵抗もなく、閉じたままの窓の向こうに消えて行った。
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