クリスマス・ファンタジー 2
クリスマス・ファンタジー 2








「世界一の探偵とやらが、随分芸がないんだな」


捜査員達は(父も含めて)二十四日の午後から三々五々、自宅に戻った。
皆、僕に遠慮しながらも久々の休みに表情を輝くのを隠せていなかった。

僕達は、誰も居なくなったビルの誰も居なくなった薄暗いモニタルームに居る。
サンタクロースを捕まえるには、二人で一晩中全館監視するしかない、という
何の捻りもない策に落ち着いたからだ。

正直、あまりにも馬鹿馬鹿しいが、サンタが来ないと知った時の
竜崎の反応には興味がある。

……少しは、気の毒だけれど。


「L。夜食です」


そう言えば、当然だがこの人も残ったんだった。
ワタリ……竜崎がサンタを捕まえるつもりなのは知っている筈だが。

どうするんだ?という問いかけを込めて見つめたつもりだが、
ワタリは涼しい顔で紅茶を注いでいた。


「ケーキではないのですか?」

「クリスマスは明日ですよ」

「サンタクローズを捕まえたら、毎年の感謝を込めて
 あなたの美味しいケーキを分けてあげたいんですが」

「……仕方ないですね」


ワタリは困ったように微笑んだが、後でラッピングしたケーキを
持って来ると言って下がった。
後で、か……。


「あ」


そうか。
この夜食か、紅茶。
どちらかに睡眠薬が入っていて、竜崎を眠らせてしまうつもりだな?

モニタの映像は後で細工すれば良い。
朝になって録画を見たら、誰も居ない僕達の居室に、忽然とプレゼントが現れるという手筈だ。


「どうしました?月くん」

「いや……」


どうしよう。
このまま黙っていればワタリの計略通り、竜崎はサンタは実在すると結論づけるだろう。

だが、僕が自分の考えを告げれば竜崎はプレゼントを置くワタリを目にする事になる。

しかし、そうでなければ……僕は負け、という事に。
いや、勝ちも負けもないんだが。 
迷いながらも、口を開いてしまった。


「その夜食……口を付けない方が良いかも知れない」

「何故ですか?」

「その、睡眠薬とか入ってるかも知れないだろ?」

「これはワタリが手づから持って来て、直接私に渡しました。
 誰かが毒なり薬なりを入れる機会などあり得ません」


いや、そのワタリさんが犯人なんだが。
信じ切っているんだな……。

まあ、影の支配者と言われる程なんだから、命を狙われる事も日常なのだろう。
探偵業に専念する為に、その他の雑事は移動から食事まで、ワタリさんに頼り切って
命を守って貰っているようだから仕方が無い。

竜崎は僕の警告を気に掛けた様子も見せず、タルトにかぶりついた。
僕は、菓子にも紅茶にも手を付けなかった。




時刻は二十三時を過ぎた。


「で、竜崎はクリスマスプレゼントに何を頼んだの」

「内緒です」

「去年は?」

「去年は……エンサイクロペディアブリタニカですね」

「意外と普通の物なんだな。電子書籍?」

「いえ。書籍です。
 今はオンライン検索も出来るんですが、書籍版がそろそろ廃止されるという話があるんで」

「それは……重かっただろうね」

「はい。ワタリに気軽に買ってきてくれと頼むわけにも」

「……」


どうでも良い話をしながら待っていたが、竜崎は眠そうな様子を見せなかった。
本当に、睡眠薬は入っていなかったのか……?


「月くんは?」

「ん?」

「何を頼んだんですか?」

「今年は何も」

「最後に貰ったサンタクローズのプレゼントは?」


あれは小学校……何年生だったか。
父さんの負担にならないように。
けれど、子供のオモチャにも興味がなくて。


「……世界大百科事典」

「私と同じですね。あ、建築家の巻にエロ本を隠していたあれですか?」

「こんな事を言っても言い訳にしか聞こえないだろうけど。
 自分でも何故あんな本を買ったのか、あんな所に隠したのか、全然分からないんだ」

「サンタクローズに貰ったのでは?」

「グラビアの話だよ!」


折角竜崎が決めた休みだ、キラ事件の事を話す雰囲気でもなく、
かと言って雑談を止めると静寂が耳に痛い程染みる。
それでついつい無駄話に続けてしまうが、考えてみれば、こんなに静かな捜査本部は初めてかも知れない。


「月くんは、何をくれるんですか?」

「何が?」

「クリスマスプレゼントです」

「いや……キリスト教じゃないし。日本では同僚にクリスマスプレゼントなんか贈らないよ」

「友だちじゃなかったんですか?」

「友だちでも、贈らない。せいぜい恋人同士か家族くらいだ」

「ああ、我々、友だちではありませんでした。セックスフレンドでした」

「……」

「セックスフレンドって、恋人の手前ですよね?プレゼントくらい贈っても良いのでは?」

「セックスフレンドって言うのはな、」


僕は椅子を回して、竜崎の方を向き直った。


「『恋人になる可能性ゼロの相手』という意味だ」

「そうですか……やはり私の体を弄んでいるだけなんですね」

「それはおまえだろう!」


思わず立ち上がり掛けた所で、タイミング良く自動ドアが開いた。


「L。シトーレンです。
 サンタクローズは今夜は忙しくて食べられないでしょうから、日持ちがする物にしました」

「確かに、時差を追って丸二日程駆け回る訳ですから日持ちが必要ですね。
 さすがです、ワタリ」

「それでは」

「はい。もう休んで下さい。これから彼と私は、」

「分かりました失礼します」


珍しく竜崎の言葉を遮り、逃げるように去って行くワタリ。
僕は座り直して溜め息を吐いた。


「……これから、なんなんだよ」

「おや?そういう雰囲気ではありませんでしたか?」

「いやいや、どこが!」

「違ったのなら申し訳ありません。
 が、私は既にその気になってしまったので、クリスマスプレゼントという事で」

「ちょ、」


竜崎は突然僕のチェアの肘掛けを掴んで引き寄せた。






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