クリスマス・ファンタジー 1
クリスマス・ファンタジー 1








「というわけで、事態が動かないままにクリスマスを迎えてしまいそうですね」

「なんだかもう、出口が見えなさすぎて」


どうやらキラの殺人が、以前と変わってきているらしい、という事は分かったのだが
特に糸口も見つからないままに年末になってしまった。


「これまでほぼ休みなしでやって来ましたからね。
 クリスマスはさすがに一斉に休みにしましょう」

「え、キラがクリスマスに動くとは思わないのか?」

「確かにキラは一部から神のように崇められています。
 だからこそ逆に、クリスマスなどキリスト教のイベントでは動かない筈です」

「そうかな」

「これまでの傾向からして、宗教に喧嘩を売る事はしないでしょう」


確かに、そうかも知れない。
キラは犯罪者を裁いてはいるが、単純に重犯罪者から裁いて行く訳でもなく、
色々な考慮、配慮をしている痕跡が窺える。

だからこそ、竜崎はキラを超自然的な存在ではなく、人間だと断じたらしいが。


「せめて第二のキラを捕らえる事が出来ていたら、
 サンタクローズの本名を見て貰うんですけどね」

「はははっ。Santa Clausは本名じゃないのか?ニコラウスの方か」

「私が思うに、Santa Clausは役職名のような物です。
 ニコラウスは昔の実在の人物、もう死んでます」

「……」

「現在のサンタクローズは人間ではない筈ですから、名前もないかも知れません。
 が、確かめる価値はあります」

「でも……」


僕が言葉を切ると、竜崎もじっと僕の顔を見つめた後、呟いた。


「その様子を見ると、月くんの所にはサンタクローズは来ないんですね?」


いや……昔はクリスマスの朝に目覚めたらプレゼントが置いてあったけど。
残念ながら物心ついた頃から状況把握に長けていたので、信じていた事は一瞬もない。
勿論、信じている振りはしていたが。


「おまえの所には、来るのか?」

「勿論」


……冗談だろう。
世界一の探偵ともあろう者がまさか本気で信じている、という事はないだろうが。


「会った事はないんだろ?」

「ありませんね。クリスマスイブに一晩中起きていた事もありますが、
 その場合は別の部屋にプレゼントが置いてあったりしました」

「……マジ?」

「何がですか?」

「本当に、サンタクロース……」


いや。
こいつは卓越した頭脳を持っている割りに、妙に浮き世離れした所もある。
もしかして、本当に。


「来るんだ、おまえの所には」

「勿論」

「『良い子』の所にしか来ない筈だけど」

「まあ、月くんの所に来ないのなら信じたくないでしょうが、大丈夫です。
 そういう人が大半です」


竜崎は、微かに哀れみを込めた目で僕を見返した。


「……」


恐らく、竜崎のサンタクロースの正体はワタリさんなのだろう。
まるで竜崎の為に存在しているかのような、プライベートの見えない老人。
ここまでの頭脳を持った男を、この年まで騙し通すのは容易な事ではない筈だが
彼ならやりそうな気がする。

……っていやいや、不可能……だよな?

とは言え、竜崎もサンタクロースが来ない人が居る、という事は認めている……。
竜崎が本気で信じているかどうかはともかく、僕はワタリさんの設定が気になってきた。


「子供じゃなくても、来るんだ……」

「私の推測では、サンタクローズが来る条件は『子供』ではない。
 『彼の存在を信じている』という事だと思うんです。
 成長すると色々雑音が入って信じられなくなって行く……。
 なので、結果的に大人になる頃には来なくなるんじゃないですかね」

「なるほど」


一応筋は通っている、か。


「でも完全に信じている幼児でも、来ない子がいるだろ?
 それはどういう事だ?」

「サンタクローズより先に親がプレゼントを置いてしまうんでしょうね。
 その場合はサンタクローズは置きません」

「親が置かない事もあるだろ。経済的な事情とか宗教的な理由で」

「親がサンタクローズの来訪を望まなければ、来ないでしょう。
 どんな事情にしろ、最初からサンタクローズが来るとは教えない訳ですし」

「ならば、親か保護者がサンタクロースの存在を信じていないと無理じゃないか。
 かなり条件厳しいな」

「まあ、私のように親も保護者も居なかったけれど、サンタクローズの存在は
 知っていた、というパターンもありますね」


親も保護者も……居なかったんだ……。
これほど長い間一緒に暮らしていても、過去に触れる話は殆どした事がない。
本当かどうか分からないが、嘘を吐く必要もない気もした。


「じゃあサンタクロースの存在を知らない子は?」

「知らない=信じていないなので来ません」

「おまえはサンタクロース見た事あるのか?」

「ありません。それはエチケット違反かという気もしますし」


人間に対するエチケット、いやマナーさえないがしろにする奴が言うか。
しかし、という事は本当に、彼はサンタクロースの存在を。


「なら、おまえがサンタクロースの実在を信じる根拠は、なんだ?」

「クリスマスの朝プレゼントが置いてある事です」

「……」


だからそれは。
ワタリさんだろう。
と思うのだが、だからこそ僕が勝手に竜崎の夢を壊す訳にはいかない、と思った。

竜崎がこの年までサンタクロースを信じて来られた理由。
それは、夢を壊す「大人」と、一切接触せずに生きてきたから。

まともに対等な人間と接したのは、恐らく僕が初めてだろう。
その僕が、ワタリさんが積み重ねてきた苦労を一瞬で崩して良い訳がない。

世界一の頭脳を持った名探偵には、僕(とワタリさん)しか知らない、異常にピュアな一面があった。


「……いいね。竜崎の所にはサンタさんが来てくれて」


そろそろ話を終わらせようと締めただけだが、竜崎は険悪な目で僕を睨んだ。


「何ですかそれ。嫌味ですか?」

「いや別に?普通に羨ましいと思っただけだよ」

「月くん。本当はサンタクローズの存在を信じてないんでしょう?」


いやまあ、そうだけど。


「人の数だけ真実がある、というよ。
 それぞれ信じたい物を信じていればいいんじゃないかな」

「仮にも探偵をやっていて、そんな言葉は受け入れられません。
 真実はいつも一つ、です」


意固地に言う竜崎に、僕も思わずむっとしてしまう。
こっちはおまえを傷つけまいと思って、穏便に収めようとしてるんだ!


「ならどうするんだよ!」

「今夜は丁度クリスマスイブです。
 サンタクローズが来るかどうか、二人で確かめましょう」

「どうやって」

「彼を、捕らえます」

「……え?」

「さっき言ったように今まで彼の顔を見ないのはエチケットだと思っていましたが
 こんな事になってはそうも言っていられません」

「どうやって捕まえるんだ?」

「それは、これから考えます」






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