vs toya koyo 8
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『ふふっ』


夜神は、少し俯いて小さく笑う。


『面白い方ですね、塔矢先生。
 僕が怖くないんですか?』

『キミの碁は、とても誠実だったから』

『……』

『悪い人間や、愚かな人間が打つ碁ではなかったから』


たじろいでいるのだろう、夜神にしては珍しく言葉に詰まっているようだ。


『……だが。すまない、月くん。
 我々は君を逮捕しない訳には行かない』


模木は、低い声で絞り出した。


『今回の、日本棋院周辺の連続殺人も、君の仕業か』

『あ、それは違うよ、刑事さん』


進藤が、動揺から立ち直ったのか、座り直す。


『その件に関しては、我々から話が出来る。
 楊月くんの師匠である“L”が、教えてくれた』


緒方が言うと、模木も松田もまた目を剥いた。


『L?』


二人は声を揃え、銃を構え直して夜神に向ける。
そろそろ、終わりか……。

この数か月、夜神と続けて来たゲームも。

それは、それなりにスリリングで楽しかったが。
ああ、セックスも良かったな。
そういう興味の薄い私も、半分溺れていたと言って良い程に。
相性が良かった。

だからこそ、そろそろ潮時なのかも知れない。

私の人生に、少しでも「執着」という物が介在してはいけなかったのかも知れない。


『皆さん。それは、恐らく偽物の“L”です』


模木が、カチリと音をさせて安全装置を外す。


『Lが、キラと組んでいる事など有り得ない。
 私達はつい数か月前にも彼と会いました』

『月くん。諦めて投降してくれ。でないと我々は、』


松田が、両手で構えた銃をぴたりと夜神の眉間に向けながら詰まったような声で言う。
目も、少し潤んでいるようだ。


『殺しますか?僕を』

『月くん!』

『君がポケットの中でどちらの名前を書こうが、両方一度には無理だろう。
 諦めてくれ』


夜神は、すうっ、と息を吸った。


『撃てるものなら、撃ってみろ!
 僕は、死んでも絶対に逮捕なんかされない』


……!

この期に及んで、何か策があるのか?
それとも……本気なのか。

私に屈辱的な支配をされてさえ、あれほど生に執着していたおまえが。
本当に、こんな所で死ぬ気なのか?

今死ねば、私に身体を開いた事もニアと関係を築いてきた事も、全て無駄になる。
何故そこまでして死に急ぐ?

日本警察に逮捕されて、私に命を救われ、飼われていたと。
そう証言するだけでおまえの精神は自由になる。
少しの間牢獄に繋がれ、いずれは死刑になるだろうが、それまで何年かかるか分からない。

ならばそれは、今死ぬよりもマシなのではないか?

私が眉を顰め、松田が模木に続いて安全装置を外した時。


『ダメだ、彼を撃っては!』


突然飛び出してきた、金色の髪の人影。


『進藤先生!』

『進藤!』


だが立ち上がっていたアキラも、するりと松田の横を回り込んで夜神の前に立った。


『あなた方は……』


若者二人の壁に、模木が戸惑ったように銃を天井に向ける。
さすがに一般人に銃口は向けられないのだろう。


『あんたらは何なんだ!キラの仲間なのか!』

『違います。でも彼は殺させません。
 勿論Lも』

『あなたたちの言うLは、この世に存在してはならない者です。
 キラと共に、探し出して逮捕しなければなりません』

『絶対にダメだ!』

『行洋先生!緒方先生!彼等を押さえて下さい!』


だが、行洋も緒方も動かない。


『……すまないが。私も彼等と同意見だ』

『何故!もしかして、既にキラに操られて……?』

『Lと言う人と、その彼は、囲碁界の宝となり得る人材だからだ』

『……はぁっ?』


……。

私も驚いたが。
緒方も神妙な顔で頷いている。


『この人は、ライトという人じゃない。台湾からの留学生、楊月だ』

『彼は天才ですよ。
 今でなくとも、必ず日本の、世界の囲碁界に影響を与える事になる』

『これ以上、才能が闇に葬られるのは耐えられない……!』


次々に真顔で繰り出される擁護に、松田が歯を食いしばって銃口を。
アキラと進藤の間に見えている、夜神の頭に向けた。


『危ない!』


誰かが叫んだ、その時。



『失礼します。皆さんお茶が……』


場違いな高く柔らかい声と共に。
廊下から足音もなく湯呑みの乗った盆を掲げた塔矢夫人が現れた。
と同時に、模木と松田の構えた銃に気付いたのか、


『きゃっ!』


と小さな悲鳴を上げて盆をひっくり返す。
茶托に乗った茶は、見事に模木と松田のスーツに掛かった。


『ごめんなさい!驚いてしまって、』


夫人が慌てて落ちた手ふきを拾い、模木のスーツを拭く。


『いえ!お構いなく!大丈夫ですから!そんな事より!』


塔矢家のPCに繋がったモニタには、いきなりコメディ舞台さながら光景が広がっていた。
同時に夜神の眼鏡のカメラは、襖を開き、隣の部屋へ、そこから廊下へ出た風景を映している。


『あ!キラがいない!』

『奥さん、本当にもう良いですから!』

『でも……』


おっとりと、しかし確実に模木や松田の退路を塞ぎながら服を拭う塔矢夫人を抑えて。
彼等が廊下に出た頃には、夜神はジャケットを裏返し、外に出て悠々と大通りを歩いていた。




『あらぁ。随分と慌ただしく帰ってしまわれたのね』

『お母さん、後はボクが』

『あ。オレも!』

『本物の刑事さんとお会いしたのは初めてだから、もう少しお話を伺ってみたかったわ』


塔矢アキラは畳に零れた茶を拭き、進藤は茶の染みた座布団を廊下に出す。
行洋は、腕組みをしたまま苦笑した。


『……湯気も、出ていないようだが。
 随分冷めた茶を出したものだな』

『あら。ほほほ。私とした事が。ほほほほ』


塔矢夫人は鈴を転がすように笑い、行洋は真顔に戻って碁盤に向き直った。





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