vs toya koyo 6 『……もう、この世にはいないと思う』 『何故!』 『塔矢先生と対局した後……』 『その時お父さんは負けたよな?』 少し感情的に言ってから慌てて口を覆い、行洋に向かって神妙に頭を下げる。 奇妙な親子関係だが、師弟も兼ねていればこんなものなのか。 『ああ。だけどその後オレが、佐為が気付かなかった手を指摘したんだ』 『……』 『それまでも、佐為は自分が消えるような気がすると騒いでたんだけど……。 オレは、強くなった自分が嬉しくて。自分の事が忙しくて。 後で思えば……その頃から、佐為の影は……どんどん薄くなっていたんだと思う……』 俯いた進藤の、組んだ足首辺りにぽつり、と黒い点が出現する。 彼が鼻を啜る音だけが、室内に響いていた。 『佐為は、もうオレがアイツを越えたと……自分は必要なくなったと……思ったんだ。 オレには、まだまだアイツが必要だったのに』 『進藤』 『塔矢先生とも、塔矢とも、もっと打たせてやりたかったのに』 『進藤』 『いつも、いつも傍にいたから……いつまでも居てくれるって。 勝手に思ってた』 『……』 『オレは、とんでもない事をしたんじゃないかって。 日本の、世界の囲碁界に、凄く、申し訳ない事しちゃったんじゃないかって』 ぽたぽたと、水が垂れていく。 ここまで我慢したが、私は進藤の心境には興味がないので話を終わらせる事にした。 「とにかく、進藤プロは一時的にキラと似たような状況下にあった。 しかし彼はキラではありませんし、今は何も憑いていません」 塔矢アキラが、「え、」と大きな声を上げる。 進藤ヒカルも未だ涙が零れる目を剥いて塔矢アキラを凝視していた。 「私は、saiの正体に関する自分の推理が正しいかどうか、確認したかっただけです。 夢の時間はお終いです。 皆さん……ありがとうございました」 私が言い終わると同時に、夜神が部屋の電灯をつけた。 行洋も、緒方も、塔矢アキラも、進藤ヒカルも、眩しそうに目の上に手を翳す。 やがて、皆催眠術から解けたように、意味もなく辺りを見回した。 私は、マイクのスイッチを切った。 それから夜神のイヤフォンだけに話し掛ける。 「月くん。出来るだけ早くその場を去る事をお薦めします」 夜神は「ふっ」と音をさせて息を吐く。 だが彼が辞する前に、進藤が席を立ち、続いて塔矢アキラもどこかへ行った。 『……L?』 『もうモニタの向こうに居ないと思います』 『そうかね……では、先程の対局に戻って、感想戦に付き合ってくれるかね』 『喜んで。しかしその前にお手洗いをお借りします』 夜神が席を立ち、玄関の方へ行こうとすると、 『トイレは逆だ。アキラくんの部屋の手前を真っ直ぐ進んだ突き当たりだ』 夜神は仕方なく玄関と反対方向に向かう。 「トイレ我慢してたんですね」 『うるさい』 廊下を進み、角を曲がったその時。 『……オレは、オマエがキラだと思ったから!』 『何でそんな事を思うんだ!』 恐らくアキラの部屋の中で……塔矢アキラと進藤ヒカルの小声で言い争うような声が聞こえた。 『だって、聞こえたんだもん。楊月もオマエをキラだと疑ってるみたいだったし』 『バカバカしい!』 『バカバカしいのはこっちだって! オマエがもうすぐ逮捕されて、もう二度と会えないんじゃないかと思ったから。 だからオレは……っだああああーーー!もう!』 夜神は少し足を止めたが、事件には関係無い話と見てまた歩き始める。 『こっちこそ!ボクの方こそ、キミがキラだと』 『それこそなんでだよ!』 『当時から疑ってはいた。キミのハンドルネーム……』 『キラなんていくらでもいたっつーの!』 『だって!キミはいつも本心を見せないし……普通の人にはない能力があるのは、確かだったし……』 部屋に近付くにつれて、声が近付く。 口論に夢中で、夜神がすぐ横の廊下を歩いている事に全く気付かない様子だった。 『だから……キミが逮捕される前に、思いを遂げたかった』 『思いって!』 『ずっと、好きだった。 キミと一度でも抱き合えたから、生き抜いて行けると言ったのは本当だよ』 『そんな……オレがキラだと思ってたんなら、オマエを殺すと思わなかったの』 『思わない。キミだってボクがキミを殺すとは思わなかっただろう?』 部屋の角を通り過ぎ、声が遠ざかっていく。 『……最初で最後って、本気かよ……』 『キミは?』 『オレは……おまえの事……』 丁度夜神がトイレに辿り着き、進藤が「嫌い」と言ったのか、「愛している」と言ったのかは聞こえなかった。 まあどうでも良いが。 夜神はトイレの前で壁に凭れ、『困ったな』と呟いた。 「あの」 『何』 「申し訳ないんですが、あなた今結構ピンチです」 『そう』 分かっているのかいないのか、夜神は軽く頷いて廊下を戻り始めた。 アキラの部屋からは、もう声はしない。 『お手洗いお借りしました、ありがとうございました』 『ああ、早速だが』 塔矢行洋が碁石を並べた盤面を指差し、夜神が腰を下ろした所で。 『あの、ちょっと、』 塔矢夫人の少し慌てたような声と共に。 ドタドタと無粋な足音が廊下を近付いて来た。 障子の影からスーツの人影達が現れる。 『誰だね!』 『申し訳ありません、通報がありまして。 碁界の連続死事件について……』 『あなたたちは誰かと聞いている』 『あ、申し遅れました。公安警察の模木です』 『松田です。あ、これ警察手帳ね』 二人の顔が一瞬映った後、画面は碁盤で一杯になる。 さすがの夜神も、思わず顔を伏せたのだろう。 だが。 いつまでもは誤魔化せまい。 どうする? 夜神。
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