vs toya koyo 5 「今回程度の連続殺人なら、偶然も手伝って医者一人でもいれば十分可能です」 『だが……』 「それを認める私が言います。キラは別です。 死刑囚やコメンテイターが殺されたTV中継を見た人もいるでしょう。 間違いなく、手も触れず、遠くに居ながらにして殺す事が出来たんです」 『だがそれは我々とは別世界の……』 「その態度を改めて頂きたい。 キラは、フィクションではない。トリックでもない。 超常現象を操る者として、歴と存在していたという事を、認識して下さい」 緒方とアキラが早口の小声で何か言い合っている。 進藤ヒカルは、ただ目を見開いて呆然としていた。 「キラは二次元の中に居たのではなく、我々と同じ次元で犯罪者を裁いていた。 善良な顔をして市井に紛れながら」 『そ……』 「あなた方もすれ違っていてもおかしくない。 下手をすれば殺されていても」 私は少しだけ躊躇い、やはりマウスに手を置いてクリックした。 塔矢のPCの画面を、白背景に「L」の一文字に変える。 同時にリモートでそのカメラを起動し、碁盤だった画面に夜神とは別角度の室内を映し出した。 『ええっ!』 『本物?』 『まさか』 押し殺したような塔矢アキラの声。 目を見開き、裏返りそうになる、緒方の声。 「私が本物のLかどうかはどうでもいい。 しかし私はキラを、キラが実在していた事を、知っている」 『L。あのLですか』 『実在していたって……過去形という事は、キラはもう死んだんですか?』 「キラには死神……としか表現出来ない、この世の物理では測りきれないモノが憑いていました」 『死神……』 「はい。普通の人間には見えない、声も聞こえない。 ある条件を満たした者にしか見えませんが、確かに存在する異界の者です。 勿論キラは操られていた訳ではなく、自分の意志で人を殺していたのですが」 やや俯いた進藤ヒカルは、モニタの光だけでは生きているように見えなかった。 「キラに出会う前の私には信じられませんでした。 しかし今は確かに知っています。 名前はなくとも人知を越え、通常の人間には見えず、何百年、何千年も生き続けている者達の存在を」 後ろに手を突いていた緒方が、漸く立て直したのか背筋を伸ばす。 そして眼鏡を外して、モニタを睨み付けた。 『それは、“死神”ではない……例えば“神”とも言える奴もいる、という意味か』 「良い質問です」 思ったよりも頭の回転の速い良い男だな。 私は手元にあったチョコレートを一つ剥いて口に放り込む。 「死神とは違う次元に存在し、違う条件で人間に見える者もあるでしょう。 それが人を破滅ではなく高みに導く存在であれば、“神”と呼んでも差し支えないかも知れません」 進藤を見ると、毅然と顔を上げていた。 私が全てを見通している事を悟り、そして腹をくくったのだろう。 他の者も申し合わせたようにゆっくりと、モニタから一番離れた所に居る進藤を振り返った。 「進藤プロ。 saiとは、囲碁の神と呼ばれた本因坊秀策なのではありませんか?」 何者かに憑かれていた事は断定する必要もない、要点だけを訊く。 彼は目を閉じ……後ろに倒れた。 『進藤くん!』 『進藤!』 『おい!意識は、誰か水、』 塔矢に抱え起こされた進藤は、大丈夫と言うように顔の前で手を振る。 そして一瞬苦笑に見える表情を浮かべた後、背筋を伸ばして胡座をかいた。 『進藤……』 塔矢が何か言いかけたが、すぐに止めて下唇を噛む。 そしてゆっくりと進藤から離れて正面から向き直った。 沈黙がやや重くなってきた頃。 進藤は、それこそ憑依されているかのようにふわりと口を開いた。 『……サイは……にんべんにひだりと、ためと書く。 フルネームは、ふじわらのさい』 『!』 『進藤……』 ……藤原佐為。 無機質な印象だった「sai」に、「昔の日本人」のイメージが色鮮やかに重なる。 『本因坊秀策か、と言われれば、そうだけれど違う』 『どういう事だ!』 「なるほど。その藤原佐為は、本因坊秀策にも憑依していたのですね?」 進藤は答える代わりに、先程の行洋のように、長く長く息を吐いた。 『……じいちゃんの倉に、どういう訳か佐為が使っていた本物の碁盤があって。 その碁盤にオレが触れた途端に、中で眠っていた佐為が現れたんだ』 『……』 『佐為は、平安時代に帝に囲碁を指南していた碁打ちで……』 『平安時代』 『碁敵に濡れ衣を着せられて、自殺したと言っていた。 それから何百年経って、虎次郎……秀策に出会って。 秀策を通して思う存分碁を打ったけれど、その秀策も死んで……』 皆がしん、と静まり返る。 進藤の話をどう捉えて良いのか分からないが、嘘だとも思えない、そんな表情だった。 『塔矢』 『あ、ああ』 『小学生の時、オマエと最初に打ったのは、佐為だ』 『……』 『塔矢先生と、打ったのも……』 『……』 『黙ってて、ごめん』 塔矢アキラは額に手を当てて暫く考え込んでいたが、やがて膝に手を置く。 『……分かってたよ』 『え』 『キミじゃないのは、分かってた。 どういう事かと思っていたけれど……今のLさんの話とキミの話で、全て辻褄が合った』 何かに迷うように、膝の上で手を開いたり閉じたりした後、意を決したように顔を上げた。 『佐為さんは……その、あの世に戻ったのか? それとも別の人に?』
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