vs toya koyo 2 周囲の風景が一変した気配を感じ、思わず顔を上げると窓の外は薄暗くなっていた。 照明が明度を感知して勝手に点灯したようだ。 左の画面の中は、ほぼ碁石で埋まっている。 緒方と塔矢アキラは、PCの前に本物の碁盤を置いて石を並べ、ただ唸っていた。 進藤も時折勝手に石を置くだけで会話らしい会話はない。 碁を打つことを「手談」とも言うらしいが、なるほどこうなってみると口は必要ないのだろう。 私は手探りでコントローラーを探し、照明を消した。 日没も近づき、他のビルディングの窓にぽつりぽつりと灯りが増えていく。 手でデスクを押して、椅子を引くと勢いを付けて床に飛び降りてみた。 ローテーブルまで行って、この対局の為に山盛りに用意させておいたのに結局食べなかった菓子を摘む。 空が真っ赤で、部屋の中まで血の色に染まっていた。 方角的に、被災地はあちらの方かと見当をつけてみるが、その空は特に明るくも暗くもなかった。 「L」 自動ドアの開いた音の後に、ニアの静かな透き通った声が響く。 「はい」 「そろそろ終わりかと思い、来ました」 彼なりに気を使い、別の部屋のPCでモニタしていたのだろう。 「そうですね。行洋の性格は掴み切れていませんが、これまでの彼の戦歴から考えて」 言いながらデスクに戻り、夜神のイヤフォン用のマイクのスイッチを入れる。 「月くん。そろそろ全員連れて戻って下さい」 『そんな事言い出せる雰囲気じゃない』 普通に喋っても、誰の耳にも届かない程皆没頭しているのだろう。 その時、カシャ、というコンピューター囲碁特有の打音の代わりに、電子音が鳴った。 “toya koyoが投了しました” 夜神は煙草に火を点けようとする緒方や、呆然とするアキラや進藤にすぐに戻るよう促す。 『ちょ、待ってくれ。ここの検討だけ、』 『分かりました。しかし進藤さんだけは来て下さい。 それもLの条件です』 夜神が進藤だけを連れて行こうとすると、緒方とアキラも慌ててPCをスリープさせて着いて来た。 行洋の居る床の間の部屋も、電灯もつけず薄暗くなっている。 『先生』 『ああ……』 皆、塔矢行洋に何と声を掛けて良いか分からない様子だったが、行洋の表情は全く暗くはなかった。 『あの……どうでした?』 恐る恐る、進藤が尋ねる。 行洋は『うむ』と小さく頷くと、少し考え込んだ。 『面白い、対局だった』 『……』 『キミが言う程、本因坊秀策には似ていなかったように思う』 『はい、それはオレも思いました。 オレが対局した時とは、少し違う……』 『というより』 引き取ったアキラと進藤が 『『進化している』』 また、意図せず声が揃ったようだ。 最初に見た時に持った「兄弟のようだ」と思った自分の印象を思いだす。 夜神を除く全員が気味悪そうにモニタを凝視した。 私はスイッチを切り替え、夜神のイヤフォンだけに聞こえるよう指示する。 「月くん。全員の表情が見えるようモニタの横へ」 彼がモニタの横に控えるように立ち、カメラが全員の顔をほぼ正面から捕らえている事を確認した後、私は音声通信をonにした。 「塔矢先生、Lです」 塔矢のPCのスピーカから私の声が流れ、画面の中で皆が『おおっ!』と言った軽い驚愕の声を上げる。 「ありがとうございました」 『ああ……ありがとうございました。 本当に、本当に……良い対局だった』 「はい。私もとても楽しかったですよ」 これは本音だ。 塔矢行洋の、理詰めに見せかけて時に空中戦になる、ヴァリエーションに富んだ棋風。 面白い映画を何本も立て続けに見たような、満足感と疲労感がある。 だが、私の敵ではなかった。 「次に対局したら勝てるかどうか分からない」などとは、私は言わない。 何度だって勝ってやる。 私は、Lなのだから。 「感想戦をするつもりはありません。 必要があれば弟子の楊月とお願いします」 『ああ』 「何か、私に質問があるそうですね?」
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