vs toya koyo 1
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対局会場も「紫水」かと思ったが、何と塔矢行洋の自宅だった。


『かなり大きい……日本家屋だな』


門の前で佇んだ夜神は、どうやら圧倒されているようだ。
カメラ付き眼鏡の電池を入れ替え、塔矢家に向かわせたのは正解だった。
彼等がどんな環境で暮らしているのか、興味深い。


『呼び鈴を押すぞ』


夜神がインターフォンを押すと、返事より前に門の中で気配がした。
ごと、と音がして引き違い戸が開く。


『よくいらっしゃいました』


現れたのは、年齢不詳のショートカットの女性だった。
ハウスキーパーだろうか?


『ヤンさんですね?アキラから聞いています。
 あとは進藤さんがいらっしゃればお客様が揃うそうですよ』


対局の約束時間の二十分前だというのに、気合いが入っている事だ。
しかしこの女性、アキラ、と呼び捨てにしたという事は、塔矢の母か姉。
いや、確かアキラには兄弟はいないので母親か。
そう言えば、表情は全然違うが面立ちに共通点がある。


『ありがとうございます。お邪魔します』


夜神が頭を下げると、女性は何故かクスリと笑った。


『何か?』

『いえ……本当にあまりにも日本語がお上手だから』


他の者にはなかった事だが……何となく「本当は日本人なんだろう」と言われているようで、私まで居心地が悪くなる。


『我ながらよく勉強しています』

『あら、ごめんないね。本当はそれだけじゃないの。
 今回塔矢もアキラも、緒方さんも皆妙に緊張しているのが何だか可笑しくて。
 何の集まりだろうと気になっていたんですのよ』

『聞いていらっしゃらないんですか?』

『私には碁の事は分かりませんから』

『ああ……』

『でも、あなたに関係する事なのね?』

『僕……というか、僕の師匠ですね』

『あら』


先に立って石畳を歩きかけていた女性は、口に手を当ててまた悪戯っぽく笑う。


『聞いたような話だこと』


木造の広い玄関を上がり、女性に促されるままに長い廊下を進むにつれ、左手に小作りながら丁寧に手入れされた日本庭園が見えた。


『ヤンさんがいらっしゃいました』

『ああ。お通ししなさい』


右側にある、障子の引き戸の向こう側から塔矢行洋の声が応える。
中は掛け軸の掛かった床の間のある部屋で、その床の間の前に小机が置いてあり、その上に不似合いなノートPCが安置してあった。

まるで機械を祀ってあるようでユーモラスだが、その前に座って腕組みをしている塔矢行洋も、その両脇に控える緒方とアキラも至って真面目な顔だ。


『よく来たね』


しかし行洋は夜神に顔を向けると、気を付けて見ていなければ分からない程僅かに口元を綻ばせた。
アキラとの対局の内容を、聞いたのかも知れない。





程なくして進藤ヒカルが入って来た。
心なしか青ざめた顔をしている。
塔矢アキラとは一瞬視線を絡ませたが、この男らしくもなく無言だった。


『進藤は、楊月さんの師匠の“L”とか言う人と対局した事があるんだな?』


さすがに今日は煙草を吹かしていない緒方が、早速問い詰めるように進藤ににじり寄る。


『saiとどう違った』

『どうと言われても……』

『本因坊秀策と似ていたか?』


進藤ヒカルは、困惑しながらも苦笑を浮かべた。
やがて真顔になって、


『saiは確かに、本因坊秀策の再来と言われていたよ。
 でもこのLと言う人は……本因坊秀策そのものだった』


私は思わず、口角を上げてしまう。
進藤がそう言うのだから、完全にコピー出来ていたという事だろう。


『どういう事だ?』

『sai以上に本因坊秀策に近いっていうのは……有り得ないんだよ』

『Lの方が、更に本因坊秀策について勉強していたという事だろう』

『う〜ん……というか、saiは現代の碁を学んだ本因坊秀策、このLは、江戸時代のオリジナルの本因坊秀策……という感じなんだけど……やっぱり有り得ない』

『有り得なくても起こったんだから、有り得たんだろう』


緒方が面白い物言いをした所で、対局時間になった。
夜神が失礼します、と塔矢行洋の右手のマウスを取り、用意した対局画面を表示させる。
私が「L」と入力すると、夜神は行洋の顔を見て小さく頷いた後、「toya koyo」と入力した。
なるほど、やはり相手は塔矢行洋か。

自動的に塔矢行洋が白になり、私が黒になった。




私の目の前は、左に盤面、真ん中に夜神の眼鏡の画像、右にいつものメール画面や他の犯罪資料の提示とマルチモニタになっている。
その真ん中のモニタを見ていると、僅か十手ほどで塔矢アキラは緒方を促して席を立った。

進藤は画面の盤面に釘付けになっていて、それに気付かない。
勿論行洋もマウスを握ったまま微動だにせず画面を見つめている。

夜神には、万が一にでも夢中になられては困るので画面を一切見るなと言ってあった。
今、行洋・進藤組を観察するか、緒方・アキラ組に着いていくか迷っているようだ。


「月くん。進藤を誘ってアキラの方に行って下さい。
 そして終局前には全員連れて帰ってくるように」


夜神は「チッ」と小さく舌打ちをして、進藤の肩に手を乗せて無言で部屋の外へ促した。


『塔矢アキラ先生が、向こうに行かれました』

『ああ……この奥はアイツの個室だからもしかしたらモニター出来るのかも』


進藤は縁側を玄関とは反対方向へ進み、部屋に添って曲がる廊下を少し進んで更に曲がる。
障子が開いていて、中には果たしてデスクトップPCに齧り付いている緒方とアキラが居た。


『ああ、オマエ達か』

『どうですか』

『まだ打っていない。先生にしては序盤で長考だな』


そう。
塔矢行洋が、全力で当たってきている事はモニタ越しにでも分かる。
まるでこの一局に棋士人生を賭けているかのように。
一手一手に魂を込めているかのように。

ならば私も真剣に事に当たろう。
「本因坊秀策」の、「sai」仮面を脱ぎ捨てて、私の全てを賭けよう。






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