Amazing grace
Amazing grace








塔矢アキラが日程調整に手間取ったようで、対局の日取りが決まったのは翌週だった。
ある意味都合が良い。
私はその間、ネットや囲碁の指南書や、夜神を相手に囲碁の腕を磨き続けた。


「いよいよ明日だな」

「はい」

「会場に、僕が行こうか?」


夜神が居ても立っても居られないように言った。
それぞれの反応を生で見たいのだろう。


「そうですね……まあ、デスノートを隠すような悪さを出来る場所ではないので良いですが……」


一人で行かせるとなると、音声通信とGPSだけでは心許ない。
「紫水」に置いたまま回収し損なっているカメラ付き眼鏡の電源を入れてみた。
どうやら、まだ生きているようだ。


「お客さんがいません」

「先週も水曜日が定休日だと言っていたからな」

「ならば今日の内に忍び込んで、」


そう言いかけた時。
カメラの隅に何かが映り込んだ。


「誰だ……?」


金色の髪……続いて現れたのはこの場に最も居なさそうな、進藤ヒカルの顔だ。
何かに追い詰められるように、後ずさりしている。
続いて現れたのはやはり、塔矢アキラだった。


「何だか凄いタイミングですね。音声入ります?」

「ああ、」


夜神がカーソルを動かしてクリックすると、マイクが拾った音声が微かに入って来た。


『……んだね……紫水の定休日も忘れるなんて……』

『オマエとは、いつか決着を付けなきゃって、思ってたよ』

『明日、いよいよあの人との対局だ』

『ああ』

『どういう訳か今回の連続死事件も含めて全てを解決すると、言っているらしいね』

『……本当かな』

『彼が何を思ってそんな事を言い出したのか分からないけれど。
 もしかしたらキラの正体も、saiの正体も明らかにしてくれるんじゃないかって。
 ボクは期待しているんだ』

『……』


言いながらも塔矢アキラはどんどん進藤ヒカルを追い詰め、進藤ヒカルもアキラを睨みながら遂に座敷の上がり框に膝の後ろがついた。
バランスを崩した所を、アキラが押して座敷に転がし押し倒す。
だが進藤は……どこか、本気で抵抗しているようではなかった。


『……前もここだったよな』

『ああ……忘れた振りをしているから無かった事にしたのかと思っていた』

『忘れる筈ねーだろ。忘れてたら、もっとオマエと打ってた』

『一年間、淋しかったよ、キミとプライベートで打てなくて』

『打つ訳ないじゃん』


アキラは……ゲイだったのか。
なるほど、唯の喧嘩ではないわけだ。
夜神はどうやら、進藤ヒカルに押し倒された時に、過去に彼を押し倒したのは塔矢アキラであった事まで推察していたらしい。
少し面白くない。

塔矢は進藤ヒカルの首にキスをしながら、そのTシャツの中に手を入れる。
明らかに性的な、もう悪巫山戯では済まない動きだった。
しかし進藤は動かない。


『……どうして、抵抗しない?あの時のように』

『オマエこそ、何で今更?ずっと何もなかったみたいに、してたのに』


塔矢アキラは顔を上げ、二人は至近距離で見つめ合う。


『それはキミが一番良く知っているだろう』

『……ああ。そうだな』


進藤ヒカルは全く欲情の気配もなかったが。
二人は静かに、服を脱ぎ合った。


『言ったっけ?オレが碁を始めたのは、オマエがきっかけだったんだ』

『聞いてないけど知ってたよ』

『オマエを自分の実力で負かしたい、ただそれだけだった』

『うん』


塔矢アキラが黙らせようとするかのように、進藤の唇を自身の唇で塞ぐ。
不器用で、甘さのないキスだった。


『……何だかんだ言っても、一番付き合い古いし』

『うん』

『オレはオマエが唯一のライバルだと思ってるよ』

『うん』

『だから、』


進藤ヒカルは足に引っかかっていたジーンズを脱ぎ捨て、座敷の上に横たわった。


『だから、最後の情けをくれ』


塔矢アキラが言葉を引き取って続け、身体を重ねるようにその脚の間に膝を突く。


「……どうします?」

「……困ったね」


突然男同士の、しかも顔見知り同士の濡れ場を見せられても、と言った所か。
夜神は本当に困ったような顔をしていた。


「おまえ、よく平気な顔をしていられるな」

「そうですか?別に私が参加しろと言われている訳でもありませんし」

「言われたとしてもおまえなら平気で飛び入り参加しそうだ」

「しませんよ。基本的に男に興味はありません」


画面の中では、夢見るような顔をした塔矢アキラが、目を見開いて涙を流しながら歯を食いしばっている進藤ヒカルの髪を撫でている。


「苦しそうですね」

「こいつの自分勝手なセックス、おまえに似てる」

「そうですか。
 なら進藤ヒカルもその内ヨくなって自分から腰を振るようになるんでしょうね。
 良かったですね」


私の嫌味に夜神が顔を顰めると同時に、進藤ヒカルが絞り出すように喋った。


『最初で、最後だ』


「らしいよ」

「そうですね」


こちらでは普通に会話をしているのに、滑稽だ。


『うん』

『オレが、オマエとするのも。男と、するのも』

『うん……』


塔矢アキラは進藤の足を抱え直すと、ゆっくりと動き始めた。


『好きだったよ、進藤』

『っ痛って〜!』

『ボクも、男とするのはこれが最初で最後だ』

『〜〜〜!』

『この一瞬の為に生きてきた気がするよ』

『と、塔矢、ちょ、抜いて……』

『そしてこの記憶があれば、これからの人生を生き抜いていける』


ここで夜神がカチ、とモニタの電源を切る。


「何するんですか」

「悪趣味だろ。耐えられない」

「もう大体の事情は分かったので良いですが……」


夜神も苦く笑った。


「まあ、そういう事だろうな」

「一つ謎が解けましたね」

「ああ、一年前に進藤と塔矢の間に何があったか?」

「はい。その結末もこうして見届ける事が出来ましたし」

「やっぱりおまえ、悪趣味だ」


私は塔矢と進藤が引き上げた頃を見計らって、「紫水」に眼鏡を取りに行った。






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