AKIRA 1
AKIRA 1








翌日、夜神は熱を出して一日寝ていた。
漸く治まって起きられるようになった二日後、進藤ヒカルの携帯電話を通して社から連絡が入る。


『サユちゃん、おる?』

「いますよ」


ニアに代わると、何やら鋭い口調で話していたが、やがて夜神に携帯を放り投げた。
コントロールは悪かったが、妙に華麗なフォームで受け取る。


「塔矢アキラです」

「え?社プロでも進藤プロでもなく?というか僕が出るのか?」


不審な顔をしながらも落ち着いてスピーカにすると、「はい」と冷静な声で応えた。


『サユさんが、社を使って塔矢家の周辺を嗅ぎ回っているみたいだね』

「……すみません」


ニアが舌打ちをして、「あんなに使えない奴だとは」と社を罵る。
しかしいきなり一般人にスパイの真似をしろという方が無茶だろう。


『それは、やはり僕達の中にキラがいると思っているわけ?』


夜神は溜め息を吐く振りをして少し考えると、


「まあそうですね」


と素直に答えた。


『なら、こんな回りくどい事をしなくてもボクに直接訊いてくれたらいいのに』

「あなたがキラでないとも限りませんから」


平然と伝えると、今度は塔矢アキラ側に沈黙が流れる。
やがて、電話の向こうでくっくっと笑う声が聞こえ始めた。


『楊月さん。少しお話出来ませんか?
 出来ればお会いして』


夜神が私をちらりと見たので、軽く頷いてやると側にあった椅子に腰を下ろす。


「……いいですよ」

『今日“紫水”に来られますか?』

「分かりました。サユは連れて行きますか?」

『それはちょっと』


塔矢アキラは意味ありげに言葉を切ると、電話の向こうで声を顰めた。


『内密に話したいので』

「単純に碁を打つだけではないという事ですね?」

『ええ。
 定休日ですが、鍵を開けておきますので入って来て下さい』


電話を切って、夜神はまた小さく溜め息を吐く。


「一騎打ちですね」

「そうなるのかな」

「下手に挑発するからですよ」

「……消されるかな?」


そんな事を言いつつ横目でニッと笑って、夜神は立ち上がった。






勿論本気で塔矢アキラが今回の犯人だと思った訳ではないが、夜神を一人で行かせるのだから盗聴器とGPSはつける。
「夜神月」の知り合いにでも会ったら一巻の終わりなのだが、何度も外出する内に慣れたようだ。

まあ「慣れた頃に事故を起こす」というのも良くある話なのだが、そこは夜神に限っては大丈夫だろう。


『そろそろ着く。サングラスは外すぞ』

「建物には入ってますよね?気を付けて下さい」

『ああ。問題ない』


遠隔操作で、前にニアが置いて来た盗撮メガネの電源を入れる。
あまり期待はしていなかったが、有り難い事に前と同じ場所にあるようだ。


『楊月さん、よくいらっしゃいました』


人の気配がない碁会所の、座敷の隅や椅子の背が映っている。
マイクも生きているし電池もまだ弱っていない、しばらくは様子が見られるだろう。


「月くん。メガネが前と同じ場所にありました。
 前と同じ席に誘導して下さい」

『お邪魔します……。あの、打ちますか』

『ああ、早速ですね』

『あの席で良いですか』


夜神が上手く動いて、その黒い髪が画面に入ってくる。
続いて塔矢アキラのシャツも見えた。
双方座ると夜神は斜め後ろからの頭部しか見えないが、塔矢アキラの顔はほぼ正面から見える。
これで問題ない。


『ニギって下さい』

『はい』


二人とも話を切り出さず、ほぼ無言で打ち始める。
私には盤面は見えないが、置き石の話はなかったので夜神に勝ち目はないだろう。


パチ、パチ、と順調に十数手進んだ所で、夜神が少し長考した。
その間に、塔矢が態とのようにのんびりと話し始める。


『所で、今日来て頂いた理由なんですが』

『はい。塔矢先生に直接伺って良いんですよね?』

『……』


対局の最中に不意を突いたつもりだろうが、夜神はその程度で動じる人間ではない。


『ええ……お伝えできる事ならば』

『ありがとうございます。
 それではお言葉に甘えて……』


夜神はまず、石を置いてから口を切った。


『塔矢行洋先生の日本での主治医は、イベントに来ていた高森医師ですね?』

『そうですね。長い間お世話になってます』

『いつからですか?どういうきっかけで?』

『父が倒れる前からなので……もう十数年になりますね。
 その前の主治医の先生が引退されて、その教え子で囲碁好きでもある高森先生が後任に』

『なるほど。囲碁もお好きなんですね』

『ええ。後援会にも入って下さっています』

『で、その後援会の会長なんですが』


パチ、と音をさせ、長閑に碁を打ちながら。
夜神は矢継ぎ早に後援会の情報を引き出していく。
塔矢は戸惑うでも慌てるでもなくすらすらと答えていった。


『そこ。危ないですよ、楊月さん』


余裕を見せる塔矢アキラに、夜神が小さな唸り声を上げる。
やはり相当劣勢のようだ。


『どうです?“キラ捜査”の参考に、なりましたか?』

『ええ……ありがとうございます』

『しかしまあ、お遊びですよね?』

『キラ捜査ですか?勿論です』

『でしょうね。相当見当違いの所に拘っている』


パチ。

今の音は、塔矢アキラが打った音だ。
ざわりと、首の後ろの産毛が立つような感覚がある。
夜神も同じ事を感じているだろう。


『……まるで真相を知っているような口ぶりですね』

『何故ボクが真相を知らないと思う?』

『……』


夜神は盤面を見つめている。
一心不乱に次の一手を考える振りをしながら、塔矢の真意を探っているのだろう。


『……犯人と、殺人手段を知っているのですか』


やがて低い声で、まるで綱渡りをするように慎重に答えた。


『知っている。……と言ったら?』


……!
まさか。
塔矢アキラは、真相に辿り着いていたのか?
それとも。


『何故、それを僕に言うのか考えます。
 それと何故、今まで他の誰にも言わなかったのか』

『答えが出るまで考えてみて』


……不味いな。
これは相当不味いかも知れない。
塔矢アキラの言っている事が本当なら、今更夜神にキラの正体を明かす理由は、一つしか考えられない。


『嫌な予感しかしません』

『驚いたな。キミは本当に、頭の回転が速いんだね』


頭が良い。
という事が相手にバレてしまうようでは、夜神も相当動揺しているという事だろう。


『サユさんから聞いてるんだろう?』

『何をですか』

『彼女は僕を、“塔矢ア[キラ]先生”と、呼んだんだ』


夜神は応えず、ふっ、と息を吐いて右手を高く持ち上げ、ピシッ!と音をさせて石を打った。
アゲハマにジャラ、と石がいくつか入る音がする。


『そんな事を、この場で言っていいんですか』

『いいんだよ。その為にキミを呼んだんだから』


パチ、殆ど考えもせずに打たれた所を見ると、先程の大袈裟な一手も大した手ではなかったようだ。


『キミが考えている通りだよ』


夜神はまた盤面を睨み、顔を上げない。
気迫で完全に負けているな。




『ボクが、キラだ』






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