Labrador Retriever 1
Labrador Retriever 1








振り向くことなく扉の向こう側に行ってしまったニアを見送った後、夜神がくるりと振り返ってニッと笑う。


「可愛い」

「そうですか」


私が戻ってきた夜神の顎に手を伸ばすと、彼は軽い仕草でそれを避けてPCに向かった。


「今日の内に進藤についても高森についても調べられるだけの事は調べておきたい」

「また、拒否ですか」

「まあね」


悪びれずもせずに、チェアに座ってPCを起ち上げる。


「ここ数日冷たいですね」

「する事があってそんな気分になれないだけだ」

「そうですか。ならばせめてキスでも」


背もたれに手を掛けると、夜神は弾かれたように反対側に立ち上がった。
その反応が面白くて近付いてみると、油断なく私の目を見つめながら後ずさりしていく。


「どうしたんですか?する事があるのでは?」

「おまえ……」


遂に背中が壁に付いた夜神は、精一杯私を睨み付けた。


「煽ってるんですか?」


顔の横に両手を突いて、逃げられないようにして顔を寄せると眉を顰めて横を向く。


「気持ち悪い」

「最近、こういうのを壁ドンと言うそうです」

「何それ」

「未曾有の大災害の後でも、文化は進んでいく。
 囲碁のイベントも盛況、流行りも廃りもある、逞しい国です。日本は」

「……」


わざとゆっくりと顔を近づけ、唇を追うと、夜神は諦めたように受け入れた。
口内に侵入し、彼の舌に絡む私の舌に控えめに応じる。

少しして顔を離すと、夜神はもう人形のような無表情に戻っていた。


「……おまえって、意外とべたべたしてるよな」

「キスがですか?」

「というより、そういう事したがる神経が」

「セックスの代替のつもりですが」

「普通そういうのは……僕達みたいな間柄ではしないよ」


くすりと、嘲笑うようにわざと唇を歪ませて言う。


「前も『愛のあるセックスの真似事がしたい』とか言ってたし、やっぱり依存体質なのかなと思って」

「やっぱりと言われましても。
 ところで『僕達みたいな間柄』とは?」

「仕事仲間。……プラス、セックスフレンド」

「偉くなったものですね。私と対等になったつもりですか?」

「いや、僕がおまえの支配下にあるのは前提だ」


私の目を見ずに言うので、前髪を掴んでこちらを向かせると、怒りとも自己嫌悪ともつかない、何とも言えない目をしていた。


「私が依存体質かどうか、試してみませんか?」

「断る」

「……あなた、私の『オンナ』ですよね?」


その目の奥を覗き込むようにして言うと、夜神は私の手首を掴んで、


「違う」


ゆっくりと払いのけた。


「飼い犬、だよ」

「……」

「犬に欲情なんかするな」


強膜が刺激を受け、自分が目を見開いた事を知る。
夜神の目に僅かに恐怖が走ったのを見て、もう自分を制御する必要はないと感じた。


「なるほど。犬に欲情するようでは犬並み、という事ですか」


声色に変化はない。
いつも通りだ、私は。

だが夜神の頬からは血の気が引いた。


「ちょ、離せよ」


再び夜神の手首を掴み、足を払う。
彼は簡単にバランスを崩して床に膝を突いた。


「あなたは知らないかも知れませんが、アルファベットにはそれぞれを象徴する単語がありましてね」

「……は?」

「Aは『王』。アーサー王から来ているんでしょう」

「いきなり何の、」

「Bはbreadでパン、Cはclownで道化師」


床に押し倒すと、夜神は私のシャツを掴んで一緒に引き倒そうとする。
私は彼の目を見つめたまま、その胴にのし掛かってすぐ傍のデスクの引き出しを開けた。


「……Dはdogかと思いきや、dollなんです」


中から鈍い銀色のガムテープを取り出すと、夜神の目が見開かれる。
私が本気かどうか、抵抗するべきかどうか、迷っている様子の間に手早く手首を纏めて縛り上げた。


「何、するんだ」

「まあ、人形もイギリス人にとって馴染み深い物ですから仕方ないですが」

「ちょ、ふざけるなよ!これを外せ」

「でも犬もイギリス人とは切っても切れませんよね?」

「竜崎!いい加減に、」


ビッ、と音を立てて短くガムテープを切ると、夜神は慌てたように口を噤んだ。
相変わらず察しが良い。
まあ、
だからと言って行動を中断はしないが。


「騒がれるとニアが起きてくるので」

「やめろ……もう、」


全部言わせずに、その口を塞ぐ。
夜神は一瞬獣のように頭を左右に振って暴れたが、すぐに冷静になって私を睨んだ。


「ところで、Labrador Retrieverって、知ってます?
 イギリスの古い犬種なんですが。
 ああ、日本語でもラブラドールレトリバーというのでしたか」


膝立ちのまま、ジーンズと下着を脱がせる。
夜神はもう抵抗しなかった。


「ああ、犬の行方の話でしたね。
 どこへ行ったと思いますか?」

「……」

「その通り。『L』に飛んでいたんです。
 『L』は犬なんです」


その時まで私の目を見つめていた夜神は、絶望したように目を閉じた。


「交尾してあげます。犬のように」


自分のペニスを濡らし、膝で立ったまま夜神の片膝を持ち上げる。
肩に担ぐと、鼻だけで唸りながら暴れるが、この体勢ではもう私の敵ではなかった。


「ローションも使わず、ほぐしもせずに入れたらどうなるでしょうね?」


彼の股関節は柔らかく開いたが、その局所も柔らかく垂れている。


「でも、まあ、犬の交尾はそんなものですし。
 あなたは『べたべた』が嫌いなようなので丁度いいでしょう……」


呟いてそのまま押し入ると、夜神は身体を硬直させて呻いた。

中はきついが滑りが悪くて具合は良くない、という所感と。
手も口もガムテープで塞がれた男が全身に力を入れて固まっている様は、まるで殺人現場のようだという感想と。
今回の犯人……キラが、本当にデスノートを使っている可能性の考察と。
三つの思考を平行させながら、私は腰を動かし続けた。





最終的には、「碁界連続殺人事件」とも別の事件の推理に頭を巡らせていて、気付くと出ていた。
射精感が治まってから夜神の腿を離すと、人形のようにどさりと倒れ込む。
脚の間に白濁混じりの鮮血が流れて床に垂れ落ちていた。

自分の物を見ると根元が赤く染まっていて、仕方が無いのでそのままシャワールームに向かう。
戻った時には既に床はきれいになり、夜神の衣服も整ってPCに向かっていて、まるで先程の事が無かったかのような状態に戻っていた。
さすがだな。

彼はすぐ隣に来た私に、ちらりとも目を向けない。


「月くん。怒ってますか?」

「何が?」


だが、本当に何の事か分からない、と言った様子で不思議そうに私を見上げた。


「少々強引に、少しばかり無茶な事をしてしまったので」

「……」

「血が出ていましたが、痛いですか?」


夜神はそこで少し顔を顰めると、腰の辺りに手を当てた。


「……別に。僕がどんな感情を持っていようが、おまえには関係ないだろ」

「あります。自分の飼い犬が気の荒い質なのか、賢いのか。
 忠実なのか不満を持っているのか、情緒は安定しているのか、把握する必要があります」

「気が荒い質ではないよ。我ながら頭は良いと思うし。
 不満もない。情緒も、今は安定しているんだ。本当に」


私がその表情や目を観察していると、居心地が悪そうに身じろぎをする。


「不思議です」

「何が」

「本当に落ち着いているように見えるからです」

「だからそう言っているだろ?」


少し睨むようにして声を荒げたが、私には分かった。
彼は全く怒っていない。
ただ、怒った方が自然な、あるいは自分に都合の良い場面だから怒った振りをしているだけだ。


「さっきあなたを抱いた時」

「……」

「抱いたというか……我ながら少し酷いと思いましたが。
 交尾をした時、何故本気で抵抗しなかったのですか?」

「……しただろ」

「いいえ。本気で抵抗されたら拘束なんか出来ませんし。
 実際にあなたを放置してシャワーに行ったら、自分で自分を解放して掃除までしているではありませんか」

「……」

「本当に分かりません。
 あなたが抵抗もせずに強姦まがいな行為を受け入れた理由。
 そしてその事に怒っていない理由」


夜神は蔑むように私を見た後、


「……そういうプレイに目覚めたんじゃないの」


他人事のように言って、会話を打ち切った。
こうなってしまえば、もう何を訊いても無駄だろう。


「分かりました。……打ちますか」

「うん」


夜神は心なしか嬉しそうに、PCをスリープさせた。






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