Pot cooking 7 「ただいま」 「ああ……疲れました」 「おかえりなさい」 帰るなり、無言で夜神を部屋に引っぱって行くニア。 が、パジャマに着替えさせて貰って戻って来るのを待って尋ねる。 「で?そろそろネタばらししてくれませんか?」 「何のですか?」 惚けるニアと対照的に、夜神は苦い顔だった。 「ニアは、あれだけ煽って置いて急に逃げるんだから人が悪い」 「いいえ。どうせ対局するのは夜神だと思ったからこそヤシロを怒らせたんですよ」 「そうなんだ?」 ニアは……夜神に碁で敵わない事に苛立っているように私にも見えた。 それを逆手に取って向こう見ずに見える勝負をし、見事相手に要求を突き付けているのだから中々の度胸だ。 「夜神の棋力なら、3子では危なくても、5子なら勝てると思いました」 「冷静ですね。感情で動いていた訳ではないんですね?安心しました」 「Lこそ、どうなんだ?進藤プロをこてんぱんにして嬉しかったか?」 夜神がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら、顎を上げる。 全く……嫌な奴だ。 「saiと信じ込ませられるかどうか、試してみただけですよ」 「そう?塔矢アキラに負けて口惜しいから、やり返したのかと思った」 「……塔矢アキラに負けたのは私ではなくあなたです」 「結構なボロ負けだったけどね」 思わず睨むと、夜神は軽く手を挙げて苦笑いを浮かべる。 「冗談だよ。碁で生活しているプロにそうそう簡単に勝てるわけないだろう?」 「ほう。あなたは思考する機械にはなりきれませんか」 揶揄うと、夜神は突然真顔になった。 「The Thinking Machineか」 ……「たとえ今日初めてチェスの駒を手にした人間であっても、論理的思考を有効に駆使しさえすれば、一生を盤面の研究に捧げた専門のプレイヤーに勝つことが出来る」…… 夜神に伝えた、教授の印象深い台詞だ。 彼は実際に一日チェスを猛勉強してチャンピオンに勝った。 対戦相手に「あなたは人間ではない、思考機械(The Thinking Machine)だ!」と叫ばしめた。 私も、対抗して同じ事をしてしまったのは若かったからだが。 「チェスなら何とかなるかも知れないけど」 「およそ人間が思いつく程度のゲームに差はないですよ」 「“思考は全てを可能にする”、だったか。 教授の存在もおまえの存在もまるでフィクションだ」 「あなたもね」 「そうだな……でも僕は『一日』では無理かな。 三……いや、一年貰えれば進藤プロにも塔矢プロにも勝てる自信はあるけど」 「でしょうね。まあ、それでこそ『L』なんですが」 その表情から、夜神も内心相当口惜しい思いをしている事が分かる。 彼も私と同じ程度には幼稚で負けず嫌いで、そうでなければキラ事件はもっと変わった様相を呈していただろう。 「……本当に、止めて貰えませんかね」 その時ニアが、不機嫌に低い声を出した。 「碁で勝つとか負けるとか。そんな事はどうでもいいでしょう。 今は、連続死事件の捜査中です」 「しかし、saiの正体も気になります」 「どうでもいいです、そんな事は。 どうしてもと言うのなら、事件を解決してからにして下さい」 ニアが、青ざめた顔で低く、鋭い声を出す。 珍しいな……本気で怒っている。 「関係無いとも言い切れませんよ? 容疑者は揃いも揃ってsaiに夢中で、進藤ヒカルだけがsaiの正体を知っている」 「……台風の目は、塔矢行洋ではなく、saiだとでも?」 「昔の人みたいですし、それはそれで言い切れませんが」 「へえ。saiがキラだとでも思っていそうな勢いでしたけどね」 「その辺は……どうですか?月くん」 「え?」 唐突に夜神に振ると、彼は大袈裟な程にびくりと震えた。 「何か考えがあるんでしょう?」 「別に……」 「隠し事は無しだと。 そんな事をすれば側に置いておけないと言った筈です」 「ただの思いつきだから、もっと裏付けが取れたら言うよ」 「私が今聞きたいと言っているのだから今言って下さい」 「……」 夜神は眉を寄せて少し唇を歪めた後、慎重に話し始めた。 「まず、進藤ヒカルが小学生から中学生時代に、異様に強かったという話」 「はい」 「おまえも思ったんだろ? 彼が、僕の眼鏡のような機械を使って遠隔操作されていたんじゃないかって」 「その通りです」 「しかし当時の彼の周囲にはそんな繋がりは一切なかった。 ついでに調べたけれど、彼は小学校の卒業アルバムでも中学時代の写真でも、眼鏡を掛けていないし、髪を伸ばしてもいない。 常に耳が出てるから、イヤホンも無線だとしても絶対に目立つ。子どもなら余計に」 「……」 そう。 だから、答えは一つしかない。 それがどんなにあり得なさそうな事でも。 「だから……彼が、キラである可能性が一番高い」 「どういう事ですか?」 ニアは苛立ったように訊いておきながら、くるりと背を向けておもちゃ箱に向かった。 夜神は苦笑でそれを見送って、続ける。 「こればっかりは僕じゃないと分からない、感覚的な物なんだけど」 用心深く前置きをした。 「四六時中他の人間には見えない死神に憑かれて、喋りかけられる生活。 それがどんな心理状態を引き起こすのか、おまえたちには分からないだろう?」 「……」 「言うに言われぬ……としか言いようがないんだけれど。 彼には、進藤ヒカルには……同じ経験があるんじゃないかと思う」 「!」
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