Pot cooking 6
Pot cooking 6








『サユ……サユ?』


お願いしますと、頭を下げた後。
三十秒ほど無音が続いた後、夜神が訝しげにニアを呼んだ。
進藤も慌てたような声を出す。


『え、と。どうしたの!?病気?頭上がらないけど』


また、呼吸音と衣擦れのみの沈黙続いた後、再び夜神の静かな声が響く。


『あー……寝てます、ね』

『うそやん!マジか!』


何だと?
あれだけ挑発しておいて……。


『いえー……私、起きてる、ます……よ……』

『いや、寝てるって』

『打ち、ます。打ちます』

『多分さっきのビールですね。彼女、酒を飲んだ事ないと思います』

『もうええわ。こんな状態の子相手によう打たん。
 よう考えたら素人相手に賭け碁打とうとしとったんも我ながら痛いしな』

『……不戦敗、ですか?』

『サユちゃん。もう寝とり』

『あなたが、不戦敗を認めたら……』


社はもう答えなかった。
恐らく苦笑いをして肩でも竦めているのだろう。


『私と、打てないのなら……代わりに、ユエと打って下さい』

『は?』

『もう一度ユエと……5子で打って……負けたら、私の言うことを聞いて下さい……』

『え、ちょっと、サユ?サユ?』


それきりニアは寝たのか、寝た振りに突入したのだろう。
また部屋が静かになった。


『……どうしますか?』

『いや、どうするも何も、サユちゃん寝とるし』

『僕と打ちますか』

『……え。また?』

『だってさっきは本気出してませんでしたよね?』


社が言葉を詰まらせる。
それから、息を潜めるように呟いた。


『バレとったか』

『はい。という事でもう一度お願いします』

『ガチで、って事?』

『はい。社プロももう対局モードに入っているでしょう?』

『……あんたも本気出してなかった、っちゅう事か』

『いえいえ。だから、遠慮なく5子いただきます』


社は小声で(聞こえているが)進藤に、『どう思う?』と問いかける。


『うん、プロとして、真剣に手合わせする価値のある人だと思うよ』


「月くん。あなたは彼等の前で何度も対局している。
 口に出して石の配置を確認する癖などないのはバレていますから、今回は助けてあげられません」


『社さんに迫れるかどうかは分かりませんが、僕は僕の力で精一杯頑張りますよ』

『ほな、よろしくお願いしよかな』


夜神にその覚悟があるのなら、良いだろう。
それにニアのプランも気になる。






最後に夜神が打ってからたっぷり五分ほど経過した後、


『……ありません』


社が押し殺したような声を出した。
局面が見られない分、気を揉んだが何とか勝てたようだ……。


『ありがとうございました』

『ありがとうございました』


五分五分か、途中で調べた社の戦績から見て社がやや有利かと思っていたが。
初めて、プロの鼻っ柱を折った事になる。


『いやぁ……凄いわ、自分』

『やはり5子は大きかったですね』

『いやいや……』

『この時は危なかった。社さんはどういう意図で打たれたんですか?』

『ああ、ここなぁ。こっちも睨みつつ、のつもりやったけど……』

『ここに置いてたらどうなった?』

『その場合は』


進藤も交えつつ、感想戦が進んでいく。
社が激昂せず結果を冷静に受け止めてくれて良かった。


『いやぁ、楊くん、碁の勉強ばっかりしてるわけやないんやろ?』

『そうですね……法学が本業ですから』

『法律家なんかやめてまえやめてまえ!自分、多分碁の天才やわ』

『そんな』

『マジで。今からでもプロ試験受けるべきやと思う』

『日本国籍もないですし』

『じゃあ国帰ってから、プロになれや絶対』

『考えておきます……あ』


「あ」の次は何かと思わず口から指を離してしまったが、どうやら。


『サユ……また起きた?』

『はい……おはようございます』

『自分タイミング悪いわ!月さんとの対局終わったで』

『はぁ、そうですか。どっちが勝ちました?』


一部始終を聞いていただろうに。
ニアも中々白々しい。


『楊月』

『ありがとうございます』

『何が』

『何でも言う事聞いてくれるんですよね?』

『アホか!オマエやのうて楊月の言う事やったら分かるけど』

『でも最初からそういう約束でしたよね?ユエ』

『うん……まあ、そうかな』

『じゃあ、他言して欲しくないのでこちらに来て下さい。ヤシロ』

『呼び捨て?!』


騒がしい気配が遠ざかり、進藤の笑い混じりの声がした。


『大丈夫なの?』

『サユは寝起きは良い方ですよ』

『へぇ……彼女じゃないって言ってたのに詳しいんだな』

『いやいや。普通に彼女の兄の流河の家で見たんですけどね』

『そうなの?
 社とサユちゃん、仲良さそうだけど、それは大丈夫なの?楊月的に』

『それは、勿論。本当にサユと付き合ってませんし。
 彼女に僕以外の男友達が出来るのは嬉しいです』

『マジ、』


進藤が言いかけた時、少し離れた所で


『マジか!』


社の大きな声が聞こえた。


『いやいやそんなん無理やって!』

『出来ます。不可能な事以外は聞いてくれると言いました』

『いや……不可能ではないけど、下手したら碁打ち人生が』


社が、ニアに何か耳打ちされて動揺しているらしい。


『え、何何。どうしたんだ?』

『他言無用ですヤシロ』

『おま、また呼び捨て……まあええけど』


ニアと社の声が近付いて来た。


『ユエ、眠いです。寝て良いですか?』

『もう駄目だよ。初めて会った男の人の家で寝るな。
 進藤さん、こんな調子なので僕達はもう失礼します』

『あ、ああ。もうこんな時間か。終電ないよな?』

『大丈夫です。楽しかったですよ』

『ああ。オレ達も、こんなテンションで碁を打ったのは久しぶりだった』

『ではヤシロ。頼みました』

『うん……まあ、東京滞在中に実行出来たらしとくわ』

『出来たら、ではなく、するんです』

『マジでマジか……』


それから二人で辞して、車を拾って帰ってきた。






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