Pot cooking 5
Pot cooking 5








『どうですか?進藤プロ』

『……』

『まあ、ショックやろなぁ。
 っちゅーか、これ多分相手プロやな』

『いや、僕の師匠なので違いますが』

『そんなん、画面の向こうやから分からへんやん。
 オレは、可能性が高いのは……塔矢行洋先生やと思う』

『……塔矢先生じゃ、ないよ』


進藤ヒカルが、対局が終わって初めて発声する。


『お!進藤。じゃあ誰か分かったんか?
 saiやったか?』

『いや……』


黙り込んだので、また夜神と社が『この時、』『いやここは』等と呟きながら石を並べる。
進藤はまだぶつぶつと呟いていた。


『塔矢先生は……違う』

『さよかー。せやったら、オマエの言うとったsaiやったんちゃうん』


石を置く音が止まる。
夜神もだろうが、私もつい息を詰めて進藤の答えを待った。


『sai……分からない』

『可能性はあるっちゅう事?』

『saiっぽい気もするし、凄く秀策の棋譜を勉強した人にも思える。
 でもsaiなら……こんな風に器用に、ネット碁打てない気がするんだよな』

『何言うとんねん。saiは元々ネットの中の人やろ?』

『そうなんだけど。楊月、おまえの師匠って自分でネット碁してる?
 自分でキーボード打って、自分の手でマウス持ってって意味なんだけど』

『はい。PC扱えますよ』


なるほど……今の進藤の発言で、かなりsai像が絞られてきた。


『オレ、やっぱりオマエの師匠って人と直接会いたい』

『無理です』

『なんで!』

『その理由も言えません』

『あ、サユちゃん起きとったんや』


夜神と進藤の空気が険悪になりかけたのに焦ったのか、社が不必要に大きな声を上げる。


『よう寝とったな。お茶飲む?』

『ビールを下さい』

『え?』

『何ですか?』

『いや……ええのん?』

『日本の法律では何歳から飲酒できるんでしたっけ?』

『二十歳やけど』

『私、こう見えて二十歳になってるんです。問題ありません』

『いや、さっき19って』

『二十歳です』

『……』


誰かの足音と、冷蔵庫の重い扉を開け閉めする音、カシュ、と缶のプルタブを開ける音。


『……はぁ。それで?それ、ユエの師匠と進藤プロの終局ですか?』

『ああ』

『最初からもう一度並べ直して貰えますか?』

『いいよ。画面の方で良いよな?』


夜神が言ったので、私も棋譜再生してみる。
画面から一気に石が消え、それから一手につき0.8秒くらいの速さで石が増えていった。
脳内で再生出来るのでこの機能は使った事がなかったが、なるほど、目で見るのも新鮮な物だ。


『なるほど』

『分かった?』

『ええ。Lが窮した場面が分かりました。
 つまらないミスをしないのは必須ですが、ああいった場面で投げるか粘るかが勝負の分かれ目なのでしょうね』

『分かっとるなぁ、サユちゃん。自分結構強いやろ』

『……塔矢名人には全然敵いませんでしたけどね』

『おまっ……!素人があのバケモンに勝とうっちゅうんか?』

『うわっ汚ねぇ!』


社が何かこぼしたのか、話の内容とは関係無く進藤が悲鳴のような声を上げる。


『そんなんで勝たれたら、オレらおまんまの食い上げやわ!』

『……米に鰹節を混ぜ込んだ物?ですか?』

『それはねこまんま!ほんで本来のねこまんまは米に味噌汁や!』

『嘘だ〜。ねこまんまって言ったら鰹節と醤油だろ?』

『関西では味噌汁やねん。そんな事どうでもええねん。
 よっしゃ!サユちゃん、それやったらオレが指導碁つけたろ。
 次塔矢と対戦出来るような機会があったら、ちょっとはマシなるやろ』


私は慌ててニアのイヤホンに話し掛けた。


「ニア。遊びは程ほどにしておいて下さい。
 塔矢や進藤に近付くという目的は達成したのですから、もうあまり目立たないように」

『はぁ……勝ってしまったらすみません』

『は?』

『私も多分、あなた方から見れば結構バケモノなので』


話を。いや……ニアの事だから何か考えがあるのか。
単に、夜神や塔矢に対しての対抗心だけだとしたら。


『言うなぁ。それやったら三子やるからオレとやるか。おっと!まあ待てや。
 三子でもオレが負けたら、何でも言う事聞いたるっちゅう話や』

『ほう。何でも、ですか?』

『ああ、出来る範囲でな。
 百億円寄越せとか言われても無理やけど、全財産寄越せ言われたらやるで』

『分かりました。逆もまたしかりという事でお願いします』

『いやいや!オマエ、オレに勝つ可能性があると思とるん?』

『それだけ真剣勝負という事です。
 こちらも、負ければ全財産寄越せと言われたら渡します。
 道端で逆立ちをしろと言われたらしますし、ベッドの相手をしろと言われたらしますよ』


逆立ちなど出来もしない癖に。
どういうつもりだ?ニア。


『……なるほど。そんならオレもプライドを賭けて本気でやらせて貰うわ。
 楊月、コイツの棋力はどれくらいや?』

『さあ。段位はないですが、それなりに強いですよ』

『よっしゃ。それやったら五子やる。で、全力で負かす』

『五子、ね。後で後悔しないように。
 私もプロとは言えタイトルも持ってない人に負けるつもりはないので』

『……』


ギリ、と歯ぎしりの音。
なるほど……ニアの狙いが分かった。


『ちょっと空き缶が増えてきましたね。洗って来ます』


夜神がカチャカチャと金属缶を集め、台所に移動したらしい。
水を流しながら小声で話し掛けてきた。


『聞こえるか?』

「大丈夫です」

『ニア、本気で勝つつもりみたいだな』

「そのようですね」

『挑発したのも置き石を増やして勝つ可能性を増やす為、社を怒らせたのもわざとだろう』


きゅ、と水栓を捻る音の後水音が消えたが、じゃらじゃらと石を集める音がしているので夜神の独り言は聞こえないだろう。


「はい。つまり、ニアにはどうしても社に頼みたいことが出来た……」

『もしくは本当に酔ってるか』

「……」

『頼み事があるとすれば……当然事件絡みだろうな。どうする?』

「何がですか?」

『眼鏡があったら良かったんだけどな。何とか実況しようか?』

「その気があればニアの方が独り言の振りをして実況してくれるでしょう。
 それがなければ、私は手を出さなくて良いという事です」


せっかくのチャンスかも知れないのに、下手に口を出して臍を曲げられては堪らない。
夜神も余計な事をしなければ良いのだが。


『……おまえが良いなら良いけど。ニアが勝てると思うか?』

「難しいでしょうね」

『なら負けたらどうするんだよ』

「別に。裸で逆立ちでもするんじゃないですか?」

『ベッドの相手とやらをさせられたらどうするんだ』

「自業自得です」

『おまえはニアに対して冷たいな』

「月くんは優しいですね」

『……』


夜神は舌打ちをして一旦通話を切ろうとしたようだが、突然打って変わって甘い囁き声を出した。


『うん、僕は優しいよ』

「……」

『だからおまえが独り寝に枕を濡らしているんじゃないかと思うと心が痛む』

「そう思うなら今すぐ戻って来て隣で寝て下さいよ」

『……』


常におまえの想定した返事をするわけではない。
いい加減学習しろ、夜神月。


『愛を、感じるね』

「はい。あなたも私に愛を感じさせて下さい」

『……Lに?……キラが?』

「そうです」

『下らない。戻る』


……この所、彼と私の関係が少し変化してきたように思う。
薬を使ったセックスをした時から?
いや……その後私を拒んだ時から、だ。
無理矢理すれば、恐らく受け入れるだろうが……。






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