Pot cooking 3 『あー……食った食った……』 『あれ、社ビールあまり飲んでない?』 『いやぁ、頂いとるでぇ。 でも明日仕事やからな、二日酔いで行くわけにもいかんし』 『オレだって一緒に仕事だっつの』 『水を沢山飲んでアルコール濃度を薄めれば翌日に響きにくいそうですよ』 『楊月、ほんまにネイティブみたいやな。 下手したら日本人より日本語上手いわ』 『はぁ……恐れ入ります』 『サユちゃん寝ちゃった?』 『みたいですね』 『こうして見ると、猫みたいで可愛いなぁ。 起きとる時はクソ生意気やけどな』 『ははは』 ニアは夜神を監視する役目を負っているのだから本当に寝はしないだろうが。 構われるのを厭って寝たふりをしているのだろう。 『時に楊月。自分、めっちゃ碁強いんやて? 緒方碁聖と目隠し碁して勝ったって聞いたけど』 酒に酔ったのか、どこか呂律が怪しかった社の声が、張り詰める。 本人は何気ないつもりだろうが、声音に緊張が滲み出てしまっていた。 『あの時はお互い酔ってましたから。 実際はプロの方に強いと言われる程ではありませんよ』 『そう?ほな、置き石なしで軽く打ってもろてええ?』 「夜神くん。ここは一つ、早めに切り上げて例の方向へ」 『分かりました……でも僕も少し酔っているので早碁で』 『よっしゃ!』 『ありません』 『う〜ん……そやな』 『ありがとうございました』 『ありがとうございました』 盤面は見えなかったが、夜神は早い段階で投了した。 勝った社は、しかしどこか残念そうな声色に聞こえる。 『確かに強いな。 筋はええと思うし、次対局したら勝てるかどうか分からへん』 『ご冗談を』 『いやマジで。でも……』 パチパチと石を並べ直す音がしているのは検討か。 夜神は『ここか』『口惜しいな』と独り言のように呟く。 そろそろこちらに合図か連絡が欲しい所だと思っていると、漸く進藤に声を掛けた。 『あの、PCお借りできませんか?』 『いいけどなんで?』 『記憶が薄れない内に師匠に報告したくて』 『え……。師匠って、おまえの?!碁の?アクセス出来んの?!』 『まあ……今なら』 部屋に、不自然な沈黙が落ちる。 ニアが目を開けたのか、夜神の『あ、おはよう』という呟きだけが聞こえた。 『……オレに』 やがて絞り出すように言葉を切ったのは、やはり進藤だった。 『オレに、その師匠と話させて貰えないか』 『話はしないと思いますよ。 僕も棋譜を送るだけですし』 『話させて貰いたい』 『ですから、』 『おい進藤、どないしたんや?』 ばたばたと、何かが動いている気配がある。 進藤が夜神に身体ごと迫っているのか。 やがて、バン!と、何か固い物を叩いた音の後、進藤の怒鳴り声が響いた。 『オマエは!』 はぁはぁと、誰かが息を荒げる音。 『オマエは、知らないだろう。オレが、どんなにsaiを好きだったか』 『saiさんは女性でしたか』 『ふざけんなよ!』 じゃらじゃらと、何かが……恐らく碁石が零れる音。 『言っただろう、オレにとっては凄く大事で、凄く重要な事なんだ』 『……』 その時、社が間延びした声を出した。 『saiって、例の十何年も前のネット碁の神様やったっけ?』 『……そう』 『進藤saiのファンやったん? ていうか楊月の師匠ってsaiなん?』 『違うって言ってるけど……オレは可能性を捨てきれない』 『ほんなら打たせて貰ろたら分かるんちゃう? 話は出来へんでも、ネット碁は出来るんやろ?』 『!』 思わず、ニヤリと笑ってしまう。 進藤から熱望して仕方なく対局、という流れを作るのは骨だと思っていたが。 社とやら言う男が良い仕事をしてくれた。 『う〜ん……でも彼は、基本的に僕以外の人間とは対局したがらないんですけど。 何とか頼んでみます』 『楊月、ほんとにサンキューな!ほんとにほんとに、』 『おいおい進藤、おまえどないしたんや?』 進藤ヒカルは、タイトルホルダーとは思えない声で、中高生のようにはしゃいでいた。 『では……ちょっと待って下さいね、僕がログインしますから』 私も予め打ち合わせていたサイトに入る。 本因坊秀策が、現代に蘇ったような、と言われたsai。 どこまでなりきれるか腕試しだ。 “友人が一局お願いしたいと言っているのですがいいですか?” 画面に現れた文字。 たっぷり1分ほど焦らしてから、簡単に返事をする。 “O.K.” 『大丈夫みたいです。良かったですね』 『よっしゃ進藤!何子くらい置かせたるん?』 『もし本物のsaiなら、置き石なんかいらないよ……』 そして、カチャカチャとキーボードを押す音の直後、目の前の画面に現れる文字。 ……! “KIRA”
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