Pot cooking 2 進藤ヒカルの家に到着し、呼び鈴を鳴らすとすぐに金属ドアを開けた音と進藤の声がした。 『おう!よく来たな……って……』 『友人で……サユと言います』 『……わー……あ、そうなんだ。流河って人連れてくるかと思った。 あ、流河さんの妹さんとかいう人?』 『その通りです』 『楊月の彼女ね』 『それは違います』 『え、マジで?聞いてた話と違う』 進藤と夜神だけでそんな話をしながら奥に向かったらしい。 奥には友人とやらが居る筈だが……。 『あ、お友だちですね。はじめまして。台湾から来た楊月と言います』 『……どうも』 『日本語大丈夫です。彼女も留学生仲間でサユと言います。 言葉も大体は分かります』 『……はあ』 かなり声が低い……が、若そうだ。 ある程度長身で、恐らく関東出身ではない……。 『進藤、男二人やゆうてなかったか?』 ? やゆう? 日本語は相当出来るつもりだが、方言がきついな……これでは聞き取りづらい。 『あの』 『ああ、コイツ社(やしろ)って言って、関西棋院……って分かる?大阪から来たんだ』 『あ、知ってます。北斗杯で』 『そうそう。来年の団長な』 日本棋院のメンバーと顔写真くらいは暗記しておけと言って置いたが、夜神は全国のプロ棋士とその略歴を覚えたのか。 さすがと言っておいてやろう。 『適当な事言いなや。じゅんぐりなんかい!』 『そうなんじゃね?塔矢、オレと続いたから、今度は社だろ』 『そんな順番いらんわ。伊角さんとかでええんちゃうん』 『あー、中国がまた楊海(ヤンハイ)さんで来たら、行きたがるかもなぁ。 でも去年陸力(ルーリィ)だったから』 『そう言うたら、アンタ、ヤンユエのヤンってどんな字?』 『楊海さんと同じだけど、全然関係無いんだって』 社とやらはニアの存在には全く触れず、進藤と話している。 ニアもここまで完全に無言だった。 「月くん。社の言葉が聞き取りづらいです。 標準語で話すよう伝えて貰えますか」 『社さん。すみませんが方言聞き取りにくいです。 標準語で話して頂けませんか?』 『え!気ぃつけて東京の言葉でしゃべっとったつもりやけど!』 『え』 『うそうそ。洒落やん。とりあえず材料揃たから切ってこか。 アンタ、サユちゃんやったっけ、白菜切ってくれる?』 社が初めてニアに話し掛ける。 『……嫌です』 『え』 変な間が出来た後、取り繕うように進藤が声を出した。 『あ、肉の方が良かった?』 『無理です』 『……』 進藤達も驚いているようだったが、私も驚いた。 日本では客に料理をさせるのか? 夜神も何も言わない所を見ると、不自然な事ではないのだろうか。 『僕が切りますよ』 『……ああ、うん、そう? えっと、じゃあサユちゃん、あの台拭きで机拭いて、鍋に湯を沸かしておいてくれる?』 『出来ません』 『……』 面倒な。 どうやらいちいち空気が凍っているようだ。 『いや出来ませんやないやろ。自分何歳なん?』 『自分?あなたの年ですか?』 『そんな訳あるかい!オマエの年や』 『19です』 『なら!鍋は知らんでも湯ぅ沸かすくらい出来るやろ!』 『出来ません』 『親に何教わっとったんや!家庭科の授業中何しとったんや!』 『親は居ません。 学校にも行っていないので家庭科の授業というものを体験した事がありません』 『……』 恐らく進藤と社が物問いたげに夜神を見ているのだろうが、夜神は面倒がったのだろう、説明を捏造しなかった。 『……しゃーないな。ほんならオレが教えたるわ。 こっちきぃ、サユちゃん。まず手ぇ丁寧に洗ろて、』 ニアのマイクから小さな呻き声が聞こえたが、仕方なく言う通りにしたようだ。 『水はな、野菜から水分出るからそんなにいらんねんけど。 こうやって、ガスで火を点けて、』 社の講義は続く。 『そやから、包丁はこう!ここに指置いて! 左手は猫の手や、指切るやろが!』 『猫の手とか分かりません。 にゃあとでも言えば良いんですか。にゃあ』 『だー!こう!や、こう!ここに刃ぁ当てたら指怪我せえへんやろ?』 『あなたは普段から初対面の女の子にべたべたボディタッチするんですか?』 『……』 怒鳴るかと思った社は、魂の抜けたような声を出した。 『……ええと。楊月くんやったかな。この子何とかして』 『すみません。ちょっと世間知らずで』 『ちょっとぉ?!』 一連の遣り取りの間、進藤ヒカルはただゲラゲラ笑っていた。 夜神。と、同じ位の年齢の、普通の若者達との遣り取り……。 私はそこはかとなく複雑な気持ちになった。
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