Pot cooking 1
Pot cooking 1








その日の夕方、今度は進藤ヒカルから着信があった。


「どうする?」

「出て下さい」


連続死事件の方は、ニアのお陰でだんだんからくりが見えて来た。
犯人はまだ絞りきれないが、時間の問題だろう。

それよりも、「sai」とやらの正体が気になる。
囲碁のイの字も知らなかった小学生が、突然プロ並みの碁を打ったという手品。
saiが影で糸を引いたのは間違いないだろうが……今回の事件と関係あるのだろうか。


「はい」

『ああ、楊月。こないだは悪かったな』

「いえこちらこそ。失礼しました」

『所で今日塔矢の碁会所へ行ったんだってな?』

「名人に聞いたんですか?」

『聞いた訳でもないけど、奴が教えてくれた』


それから電話機の向こうで少し笑って。


『なんか、アンタと知り合ってから塔矢とよく喋るよ。
 今まで丸一年、公以外では一言も話さなかったのに』

「丸一年前、何かあったんですか?」

『……』

「何があったにせよ、一年経てば時効という事かも知れません」

『……は?』

「あ、すみません……」

『時効ってのは法律の話だろ?
 人の気持ちに時効なんてないっての!』

「すみません、そういうつもりではなく。
 僕と知り合った事とは無関係なのではないかと言いたかったんです」

『ああ……こっちこそ悪い。
 そうじゃないと思うけど……まあそうかもな』


一年前。
進藤と塔矢アキラの間で起こったトラブルは、進藤は塔矢が悪いと認識しているようだ。
やはり二人の間には何かあったのだ、今も進藤が激昂するような事が……。


『で、電話したのはさ。今晩会えない?
 塔矢にちょっと気になる事聞いて』

「何ですか?」

『会ってから言うよ。
 オレ、明日も明後日も仕事だから今晩しか会えないんだ』


夜神はちらりと私に視線を寄越したが、合図する前に勝手に答える。


「分かりました。どこで会いますか?」

『おまえんちは……ダメ?』

「すみません、今晩はちょっと無理です」

『分かった。じゃあオレんち来て。晩メシ……』


進藤は少し考えて続けた。


『そうだ。鍋しよう鍋』

「鍋」

『鍋知ってる?日本の鍋。
 久しぶりに鍋食いたいんだけどさ、一人でしても仕方なくて。
 良かったら誰か連れてきてよ』

「誰か?」

『そう。誰か、友達』

「……分かりました」


携帯の通話ボタンを切る夜神を思わず軽く睨む。


「勝手にアポを取らないで下さい」

「だって、進藤プロからの誘いだ、どうせ乗るんだろう?」

「……だとしても、私に無断というのは面白くありません」

「『面白くありません』、か。正直だな、L」

「『Weit』をさせていた犬が、『どうせ最終的には食べさせてくれるんだから』と自己判断して餌を食べたら、飼い主として叱りませんか?」

「あー、分かったよ。おまえがほんっとに捻くれた奴だって事が」

「……」


この反抗期の子どものような反応は、私に対して甘えているというゼスチャーなのだろう。
つまり私が飼い主である事を認めている、という夜神流の表現なのだろうが……。
私はそこまで出来た人間ではないのでそんな迂遠な事をされても腹が立つ物は立つ。


「次にふざけたら、殺しますよ?」

「殺せるのか?おまえに?僕が?」

「試してみます?」

「……」


こちらを睨んでいた夜神の顔の前を、何かが一瞬遮った。
いつの間にか間に居たニアが、手刀で夜神と私の間の空気を切ったらしい。
思わず夜神も私も目を見開いて停止したが、


「進藤ヒカルが友達を連れて来いと言ったのは……。
 というかナベとか言う人数が必要らしい料理をすると言い出したのも、Lを連れて来いという事でしょうね」


ニアは何事もなかったかのように話を続けた。
全く……この私と夜神が上手くあしらわれている、彼は思わぬ方向へ成長したようだ。


「あ、ああ……だね。
 やっぱり僕の師匠がsaiだと思っていて、それがLと何か関係あると思ってるのかな?」

「どうします?L。
 因みに私は行きません。何が何でも行きません。
 今余震があったら、このビルと共に死にますそれで後悔ありません」


夜神にも私にも完全に聞こえているのに、英語でも同じ台詞を繰り返す。
特に最後には何度も「never never」と繰り返していた。


「そうか。まあいいけど。
 Lは勿論行くよな?」

「行きません」

「は?まだ拗ねてるのか?」

「そんな訳ないでしょう、進藤ヒカルがキラだったら困るからですよ。
 彼は少しミサさんに似ています。
 私がLだとは思わなくても、何らかの理由で殺意を持ったら衝動的に死神の目の取引をしないとも限らない」

「そうかな」

「それに、一つ実験したいプランがあるんです」

「……?」


何も聞き返さず引き下がったのは、先程の「殺す」発言が効いているのか、あるいは余程私を信用しているのか。
考えていると横目で私を見て目だけで笑う。


「おまえのプランなら、絶対に結果が出るだろう。
 という事はやっぱり」


二人でニアを見ると、ニアは少し唸り声のような物を上げたが、やはりあっさり捕縛されて「サユの服」に着替えさせられた。






『オレの方も急に友達が来る事になったんだけど、一緒していい?』


夜神とニアが連れ立って(ニアを引きずって)出かけた直後、進藤ヒカルから夜神に電話があった。
カメラ付き眼鏡はニアが塔矢の碁会所に置いて来てしまったので、電話を含め音声しか拾えない。
しかし今回は夜神の代わりに碁を打つつもりもないし、ニアも一緒なのでさほど不自由もないだろう。


「はい、勿論です。僕達は本当に野菜だけで良いですか?」

『ああ、貰いもんの肉があるんだ。
 酒はもう一人が持って来てくれるみたいだし』


夜神は今度は私に許可を取ってからスーパーマーケットに向かう。
ニアが監視するという条件だったが、そのニアは全く無言で居るのか居ないのか分からない程だった。


「ニア。夜神を監視してくれていますか?」


ニアのイヤホンに話し掛けると、


『……夜神は今白っぽい丸い野菜の前で停止しています二つを両手に持って見比べています。
 右手に持っていた個体を籠に入れ歩き出しましたアボカド前を通過して今度は』

「分かりましたもういいです」


生身の人間という物が苦手な子だ、大勢の他人の中に連れ出されて怒っているのだろう。
この遣り取りは夜神にも聞こえているので、彼が笑いを噛み殺しているであろう事は想像に難くなかった。






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