Go-parlor 4
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「どうするんだよ……」

「あなたが思う程ニアは子どもでも馬鹿でもありませんよ」

「馬鹿だとは全く思ってないけど」


ニアに一度煮え湯を飲まされている夜神は苦々しげに吐き出した。
策略に負け、殺され掛けた事を思い出したのだろう。


「あいつは“生身”には弱いんだ」

「なるほどね」


ニアの、自分より圧倒的に弱い部分を見つけたから。
だから優しくも出来るし形だけでも共闘しようという姿勢を見せる事が出来る。
更に背格好から、無意識に妹を思い起こしているのか、庇護欲まで出ているようだ。


「あ」

「何」

「いえ、今日のニアの服装、どこかで見た事があると思ったんですが」

「よくある取り合わせだろ」

「かも知れませんが。色や丈のバランスが、中学生時代の粧裕さんが持っていた服に酷似しています」


夜神は目尻を吊り上げて何か言いたげに口を半開きにしたが、結局何もいわず溜め息を吐いた。


「……おまえ。本当に嫌な奴だな」

「自覚してます」

「粧裕の事はもう、良いつもりだったんだけどな」

「会いに行くことは許しません」

「分かってるって」






私達は少し歩いた後、別の雑居ビルの中の喫茶店に入った。
ゲーム機を夜神にも見えるようにし、イヤホンジャックを共有して声も聞こえるようにする。


『……ユさんは、流河さんの本当の妹さんですか?』

『失礼ですね』

『あ、すみません』

『本当の妹ですよ。兄はああ見えてハーフですし、私もアルビノ入ったハーフなので』


ニアはアキラに適当な嘘を吐いている所だった。
眼鏡の角度が悪かったのか、座敷とニアの頭の部分だけが映っている。

合間に時折「パチ、」という音がする所を見ると、どうやらニアはアキラに指導碁を打って貰っているらしい。


『そうですか……そこはもう少し考えた方が良いかも』

『……』


ニアは少し考えた後、石を置いたようだ。


『お見事』


アキラが満足そうに声を掛けた。
恐らくニアの方はとてつもなく不機嫌な顔をしているだろう。


『強いですね。ルールしか知らないって言っていたのに』

『それは本当ですよ』

『でも』

『囲まれたらいけないのだから、囲ませないようにしているだけです』


アキラは黙って、またパチ、と音をさせる。


『楊月さんとは打たないんですか?』

『打ったことないですね』

『何故?』

『何故って』

『付き合ってるんだろう』


突然、低い声が響いた。緒方だ。


『と、言っているんだ、アキラは』


……そう言えば。
他の人間の、気配がしない。
影も動かないし、物音も一切しない。
アキラ以外の人間の、石を置く音もしない。

まずいな。
あの受付嬢も含め、皆帰ってしまったのか。

いや……人払いをしたのか、緒方とアキラが。

思わず目を上げると、夜神もこちらを向いていた。


「戻った方が良くないか」

「いえ……これは、またとないチャンスとも言えます」


そうだ。
今なら、人前では出来ない踏み込んだ話も出来る、という事になる。


『はい?誰と誰がですか?』

『楊月くんと君が』

『まさか』

『隠す事でもないだろう。
 どう見てもただ事ではない親密さだった』


夜神が口に手を当て、吹き出しそうになるのを堪える。
しかしまあ、わざわざ側に呼び寄せて座らせていたのだから、そう見られるのもやむを得まいな。


『君は、楊月くんの碁の師匠という人に会ったことはないのか?』

『さあ』

『真面目に答えてくれ。
 君にとってはどうでもいい事かも知れないが、我々にとっては一大事なんだ』

『ですから。
 あなた方にとっては一大事でも、私にとってはどうでもいい事ですから』

『……!』


画面外から緒方の手が伸びて来たので一瞬慌てそうになったが、どうやら灰皿に煙草を押しつけただけのようだ。


『……アキラ。さっきの対局はどうだった』

『途中で気が付いたので勝てましたが、危なかったですね』

『秀策』

『はい』


シンプルな会話だが、それで十分だ。
なるほど、彼は私が秀策の棋譜を使った事に完全に気付いていた訳か。


『楊月は、saiと近しい人物……あるいは、彼自身がsaiかも知れんな』


『彼はボクと同じ位の年齢ですからそれはないかと』


低い声でアキラが呟いたのに、「ぷっ」と吹き出す音が重なってニアの帽子が揺れた。


『何がおかしいんですか』


唸るような声も気にせず、ニアは肩を揺らし続ける。


『だって。あまりにも見当違いの事を、大真面目な顔で』


ガタッ!
音がして、碁石がバラバラと落ちた音がした。


『何ですか?怒りましたか?ならどうするんです?』


ニアも笑いながら、しかし立ち上がり腰が引けている。
一番相手の神経を逆なでする対応だが、ニアには分からないのだろう。


『……キミは』


アキラが激昂を抑えたような静かな声で呟きながらニアに迫り、あっという間に座敷の上がり框に押しつけた。






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