Go-parlor 3
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それから程なくして緒方の対局が終わり、夜神とアキラの隣に立って対局を観戦しはじめた。
顎を撫でながらしばらく見ていたが、どうやら飽きたのかニアに声を掛ける。


「君は?」

「……」

「Excuse me,are you……」

「私はサユです。あそこでゲームしてるのの妹です」

「……」


緒方はこちらを見たが、私はゲームに没頭している振りをして無視した。
画面の中では、容赦ないアキラに夜神が一方的にやられている。


「ああ、あれが楊月くんの友人とかいう人か。彼は碁が強いのか?」

「さあ。ユエと打っているのを見た事はありますが」

「一局頼んでみるか……」


不味い。
対局させられては各人を観察しづらいし、夜神に指示を出す事も出来ない。

私は十字キーを連打して、画面から夜神に指示を出した。


“6の十”


イヤホンから突然機械音声が流れたからだろう、夜神は少し背筋を伸ばしてこちらを振り向きそうになったが、すんでの所で堪える。
ピシッと高い音を立てて私の指示通りに石を置くと、こちらに来そうになっていた緒方が、足を止めた。
そしてもう一度盤を向き直り、口元に手をやって何か考え込む。

私が放った一手は、確かにプロから見れば奇手だろう。
だが勝算のない手ではない。

悪手と決めつけ、自分の手を作り続けるか、少しは考えるか、塔矢アキラを観察する。
驚くべき事にというべきか、さすがというべきか、アキラは一切の手を止めてじっと考え込んでいた。


「……偶に」

「はい?」

「楊月さんは偶に、驚くような手を打ちますね」


アキラの呟きはまるで独り言のようだったが。
その場に居た全員に、何故か緊張が走った。

やがてアキラが一カ所に石を置き、私は夜神に勝手に打たないよう指示をする。

次に私が置く場所によって広がる、何百、何千の未来。
プロ棋士は直感的に、その中から最善手を選び出したりするそうだが、私は有効そうな数十手を全て機械的に計算していくだけだ。
きっと早碁なら勝てないだろう。

アキラの棋力を考え、持ち時間と彼の精神状態を考え……。
私は一つの決意をした。
彼等はプロ棋士だ、現在のタイトルホルダーの棋譜は分析し尽くしている筈。

だから私は敢えて、大昔の名棋士と言われている本因坊秀策を中心とした古い棋士の棋譜を中心に勉強したのだが。
アキラには、分かるだろうか?


“8の十二”


夜神には、私の狙いが分かるだろうか?
見た所特に動揺も見せず、私の指示した現代の定石からすれば有り得ない場所に石を置く。

空気が研ぎ澄まされていく。
一般のギャラリーも、咳一つしない。
ニアだけが退屈そうに欠伸をしていた。


十数手ほど進んだ所で、アキラのこめかみに一筋の汗が流れる。
夜神はもう考える事を放棄したように涼しい顔で背もたれに身を凭せ掛けていた。






かなり真面目に打ったつもりだが、結果中押しで負けた。
周囲のギャラリーは若先生と良い勝負出来るとは、と大騒ぎだったが、中押しな上3子も置いているのだから完敗と言って良い。

ボードゲームで、初めて負けた。

チェスではプロに勝った事もあるのだが。
最初から夜神に打たせず、自分で打っていたら。
あるいは盤を挟んで直接向かい合っていたら、勝てただろうか。

もう一度勝負がしたい。

アキラを、あるいは緒方でも良い、完膚無きまでに叩きのめしたい。

そんな衝動を抑え、わざと億劫そうに立ち上がる。


「月(ユエ)くん、終わりましたか」

「ああ」

「勝ちましたか?」

「……いや」

「それは残念でしたね」


夜神はちらりと私を見上げて眼鏡を外した後、石を片付け始めた。


「別に。じゃあ、もう行こうか」


ニアが背を丸めたまま立ち上がり、癖のように夜神の腕に縋る。
夜神もニアの手を掴んだまま立ち上がったが、緒方が慌てて夜神に手を差し伸べた。


「待ってくれ!」

「もう今日は疲れましたから打ちませんよ」

「しかし……まあせっかくだからこの後食事でもどうだ?
 この間は飲み過ぎて大して話も出来なかったしな」

「いえ。この後、彼と行く所があるので」


せっかくのチャンスを、何を勝手に断っているんだ。
どうやら夜神は私に対して何か怒っているらしい。

ここで帰っては何をしに来たのか分からない。
しかし夜神が断っているのに私が自然に口を挟む事は不可能……。

……いや。待てよ?


「そうですね。そろそろ行かないと間に合いませんよ、月くん」

「あ?ああ」


私は何気ない振りをして机に置いてあった夜神の眼鏡を手に取る。


「しかしサユは足を痛めているみたいですし、ちょっと遠いですね。
 後で迎えに来ますのでここで時間を潰させて貰って良いですか?」


ニアは、水を掛けられた猫のような表情をした。


「勿論席料はお支払いします」

「いえ、それは全然構いませんが」


パーテーションの上に並べられた観葉植物の鉢の縁にさりげなく眼鏡を置き、「良い子にしてるんですよ」とニアの頭を撫でる。


「行きましょうか、月くん。一時間ほどで戻りますので、サユをお願いします」

「ああ……」


夜神は私の意図を察し、不安そうに何度も振り向きながら着いて来た。






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