Go-parlor 1
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翌日、夜神は早速日本棋院のPCをハッキングしていた。


「棋院関係者や後援会の資料を探してたんだけど……ないね」

「そんな筈はないでしょう。
 巧妙に隠されているんじゃないですか?」

「いやいや。コンピュータ・セキュリティに関しては……僕が言うのも何だけどザルだね。
 公共機関でこんなにゆるゆるな所も珍しいかも」

「どういう意味ですか?」

「棋士以外の名簿や個人情報の管理は恐らく紙媒体でしてるって事」

「……嘘ですよね?今時?」


有り得ない……。
私が探偵を始めた二十年前から、コンピュータ・ネットワークは有力な情報源だったというのに。


「特に囲碁将棋の後援会なんかはお年寄りが多いからね。
 管理者もコンピュータに詳しくなくて、昔ながらの方法で管理してるのかも」

「囲碁雑誌の出版社の方は?行って見ました?」

「勿論。そちらはさすがに電子管理してるけど……。
 プロ棋士と、その対局日程と戦績だけだね」


日本は先進国だと思っていたが、これではまるでヴィクトリア朝時代だ。
私よりミス・マープルの方が適任なのではないだろうか。
警察に協力を頼めないとしたら、中々厄介だな。


「だけど、進藤ヒカルに関しては面白い事が分かった」

「やはりそちらも調べましたか」

「結果、どんな背景を持っていたと思う?」

「まあ……父親がエンジニアか、兄弟が電子工学系なのか……。
 まあ何か伝手でそういう権威と知り合ったんですかね」


夜神はニッと笑ってマウスを左クリックする。

進藤ヒカルの父親の会社の総務に入り込んだのだろう、平凡な中年男の顔と、平凡な経歴の営業畑のプロフィールが映し出されていた。
扶養家族は配偶者のみ……子は一人、16歳で扶養から抜けている、か。


「進藤ヒカル自身も公立小学校から公立中学校に進学していて、塾も習い事もゼロ。
 同じクラス、クラブになった者も調べたが全員平々凡々としたものだ」

「そういう陰謀や実験に荷担する謂われが全くない、と」

「ああ。唯一非凡な知り合いは塔矢アキラだが……」

「彼はあの様子ですし、時系列的にも違うでしょうが……気にはなりますね」


その後、コンピューター囲碁の研究方面から進藤ヒカルに繋がらないかという事も随分調べていたようだが、成果はなかったようだ。


打てる手がなくなってしまった夜神は、暇潰しと言いながら一日私に碁の対局をせがんだ。
だが暇というのは口実で、本当は私以外の人間と打って勝負魂に火が点いたのだろう。
実戦経験というのは恐ろしいものだ、夜神は前日より明らかに強くなっていた。
まあ、まだ私に勝つ程ではないが。






二日後、夜神の携帯に見知らぬ番号から着信があった。
彼は目だけで私に問うた後、スピーカボタンを押す。


『もしもし。塔矢アキラです。先日碁のイベントの後一緒に飲んだ』

「ああ、塔矢先生。驚きました」

『すみません。進藤の携帯から番号を強奪してしまいました』

「強奪……」


冗談なのか本気なのか分からない口調だが、下らない冗談を言うような男には見えなかった。


『あの日、どうでしたか?進藤の家でゆっくり休めましたか?』

「いえ。家まで送って一局打ちましたが、用事を思い出して帰りました」

『打ちましたか。どちらが勝ちましたか?』

「進藤先生から聞いていないんですか?」

『はい』


愛想の良いような、どこか苛立っているようなアキラは、今日の昼過ぎ、父親……つまり塔矢行洋の経営する碁会所に来てくれないかと懇願した。


「行洋先生が仰ってるんですか?」

『父は今日明日人間ドッグですよ』

「では……」


夜神が横目で私を見たので、目の前のモニタに短い文を打って夜神に指し示す。


「“今日は友人と”……え?」

『どうしました?』

「いえ……“今日は友人と会う予定でしたので、友人も連れて行って良いですか?”」

『勿論。ただ、碁が分かる方でないと面白い場所でもないですが』

「多少は分かるんじゃないかと思います。あの、進藤先生は」

『呼んでみましょうか?来ないと思いますが』

「いえ……」


それから場所を聞いて時間を打ち合わせて通話を終わり、夜神は呆れたように私を見た。


「外に出るなら、最初からおまえが行けば良かったのに」

「その価値がある事件かどうか分かりませんでしたし」

「……」

「私も会ってみたくなったんです。塔矢アキラに」


夜神は少し目を見開いた後、薄く微笑む。


「という事は、塔矢アキラは容疑者圏外、か」

「いえ。先日会った棋院関係者で、あなたの偽名に僅かでも反応した人物は塔矢アキラを含め誰も居ませんでした。
 キラが居たとしても、今の所は死神の目は持っていないと判断出来ます」

「酷いな。僕は試金石か」

「当然です。あなたは私の影武者でもあるのですから」






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