Hikaru 2 『それ、マジでsaiじゃね? 碁の事以外は本当に何も知らなくて能なしで、ちょっとした事ですぐ感動したり騒いだりする奴?』 『いえ。全然違います。碁以外に本業があって、そちらの方が成果を上げています』 にべもない夜神の言葉に、進藤は風船がしぼむように肩を落とした。 『……そうなんだ……。そんな奴がいるんだなぁ。 そいつがプロ棋士になったら、ちょちょいのちょいっとタイトル獲るんだろうなぁ。 ……やってらんないな』 ぶつぶつと文句を言う振りをしながら、相当落胆しているようだ。 『そもそも、何故私の師匠がsaiだと思ったんですか?』 『その、碁を初めて一ヶ月で強いってのが共通してたのと……打ち筋も、saiと似てるんだ。 つまりオレとも似てたりするんだけど』 『そうなんですか……気がつきませんでしたが、それは不思議ですね』 『だろ?』 『あなたが、saiの親しい弟子だったという事も』 『……』 気不味い沈黙が落ち、進藤はTVの電源を入れる。 大画面から小さな音で、深夜のお笑い番組の声が流れた。 『……でも、塔矢アキラ先生は、saiを知っている、訳ですね?』 『オレを通してな』 『今のような話、アキラ先生にはしたことあるんですか?』 『……ねぇよ。見ただろ、オレと塔矢アキラの関係』 進藤はぶっきらぼうに言って、ソファに乗っていたクッションを掴んで枕にし、カーペットの上に横たわった。 『あー、眠くなっちゃったな。このまま寝ちゃうかも。 楊月がベッド使っていいよ』 『そういう訳にも』 そう言いながら夜神は眼鏡を外し、台所のカウンターの上に置いた。 例によって二人がいるリビングが一番見渡せる場所だ。 『僕はまだ眠くありませんから、進藤先生がベッドに』 『いやぁ』 『それとも、後悔してますか?』 夜神が横たわっている進藤の顔を覗き込む。 『今日会ったばかりの外国人を泊めた事。 明日の朝全財産と一緒に僕が消えているかも知れませんよ?』 『んなわけねーだろ』 進藤は少し怒ったような声で言って起き上がり、首を回した。 『寝ないんなら、もう一局打って貰える?』 『ええ、喜んで』 夜神は、眼鏡は外したがイヤフォンは外していない。 加えて、碁盤をわざわざカメラから見える場所に移動した事を受けて、私は今度は本気でアドバイスをした。 結果、2子置きではあるが、進藤に中押しで勝った。 『……これは……』 進藤が口を押さえ、投了を宣言するのも忘れて小さく呻く。 じっくりと検討をする前に、 『やはり酔ってますね、先生』 そう言って夜神が石を片付け始めた。 『待ってくれ、』 『まあまあ。座興ですから』 『おい!』 声を荒げた進藤が夜神の手首を掴み、勢い余って押し倒す。 ガシャ! 『おい……』 飛び散った碁石、カーペットの上に縫い付けられた夜神と、広がった黒髪。 そのまま二人は動かず、どちらの物かはぁはぁと荒い息だけが室内に響いていた。 『……答えろ。サイとあんたは、どういう関係なんだ』 『何度聞かれても同じです。知りません』 『ならこのまま、』 進藤が妙な所で言葉を切ったせいで剣呑な空気が流れたが、夜神は少し間を置くと落ち着いた声で答える。 『それは、困ります』 『何が』 『……』 『っていうか今更だけど怖くないの。今日初めて会った男の家に泊まって。 もし相手が、殺人鬼とかホモの強姦魔だったらどうするの』 『……』 対局前、夜神が自分を信用し過ぎている事を揶揄った、仕返しだろうが。 それにしては、空気が。
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