Black and White 6 『ああ……すみません。不謹慎でした』 『いえ。ボクも、偶然に見せかけた連続殺人ではないかと疑った事があります』 『それは……。その、死んだ人に何か共通点があるとか、ですか』 『そうですね。ボクと関わり合いがなかった、という事とか』 『……』 犯人……だとしたら、あからさますぎる牽制だ。 彼は無関係か……。 『と言うと?』 『この世界は狭いですから。 関東圏に住んでいて囲碁を生業にしている人は、結構顔見知りだったりするんですよ』 『そうなんですか』 『確かに二番目に亡くなった売店の長陽さんや、囲碁ジャーナリストの中松さんは顔は知っていますし会釈もした事があります。 でも、お話した事がない』 『ほう』 『全く話した事がない人って、実は珍しいんですよ。 最初に亡くなった立野先生は、さすがに挨拶はした事がありますが……プロの中では、かなり疎遠な方ですね。ボクから見て』 また唇だけで微笑んで、徳利に手を伸ばしたので今度は夜神がアキラの猪口に酒を注いだ。 『ああ、すみません』 『いえ。興味深いお話です』 『まあそういう訳で、正直亡くなっても自分の中にさほど感情が湧かないんです』 『そんなものでしょう』 『それで、他人事のようにミステリー風な妄想をしてしまうので。 楊月さんも同じなのではないかと思って』 犯人は塔矢行洋個人の心酔者……だからこそ、塔矢門下の人間とは距離を置く……。 筋は一応通っているか。 『他には何か、共通点はありませんか?』 『……』 アキラは、薄笑いを浮かべたまま無言で杯を傾けた。 『……あるだろうよ、もう一つ』 その時、緒方に続いて撃沈したと思っていた進藤が、顔を上げる。 飲んでいる量はアキラと変わらないように見えたが、首筋や目元が真っ赤に染まっていた。 『やっぱり酔ってるようですね。 下手な事は言わない方が良いですよ、進藤先生』 『あー、そうですね。でも、本当の事だったら、下手な事じゃねーですよね?』 アキラに窘められても猪口を離さず、進藤はニヤリと偽悪的に笑った。 『大丈夫ですか?進藤先生』 『ああ……大丈夫。ヤンユエは、塔矢先生……行洋先生の事、どう思う?』 『どうと言われても……有名な、偉大な棋士としか』 『ああ。日本囲碁界のカリスマだったよ。十年前までは』 『十年前』 『今もカリスマだけど……中国囲碁界の、だな』 『進藤』 アキラが……進藤を呼び捨てにした。 夜神が振り返ると、口元は笑ったまま、刺すような目で進藤を見つめている。 背後に居る進藤の様子は見えないが、さぞやおののいているであろう視線だった。 『それをね。快く思わない保守的な人も結構いるって話』 『それが……亡くなった方達だと?』 『そう。全員。軽く噂になってるぜ?』 ……やはり、外から見ていては分からないものだな。 しかし確かに、塔矢行洋に心酔していたからこそ、彼が日本から、自分から離れる事を快くは思わないという事もあるだろう。 それにしても皆が気付いているとなると、塔矢門下は針のむしろであろうし、皆目つきが鋭いのはそういった背景があるせいかも知れない。 『口が過ぎますよ、進藤先生』 『森下先生は、ああ見えて塔矢行洋先生と仲良いんだからな?……殺すなよ?』 『進藤!』 大きな声でもないし怒声でもないが。 マイク越しにも、その口舌の鋭さには肩を竦めてしまいそうになった。 大した迫力だ。 『……どうしたぁ〜アキラぁ〜』 その時緒方が、目を閉じたまま顔を上げた。 『ああ、緒方さん飲み過ぎですよ』 『飲まずに、いられるか……』 夜神がアキラを見ると、アキラは表情を一変させて苦笑した。 『お開きにしますか。緒方さんがこの調子なのでボクが払っておきます』 『いいんですか?』 『明日緒方さんに割り増し請求しますから』 さらりと行って、アキラは寿司屋の店主に小声で何か言う。 その間に進藤がふらりと立ち上がったので、夜神も進藤に続いた。 進藤は酩酊しているのか、外に出ると向かいの店の前に座り込む。 店の外で待っていると、アキラが緒方に肩を貸して出て来た。 夜神が緒方の耳元で、 『緒方先生、ごちそうさまです』 と言っても、 『あー……ああ……』 と、こちらもよく分からない言葉が返ってくるだけだ。 『飲み過ぎだね。ボクは緒方先生を送っていくよ』 『はい。お願いします』 『楊月さんは?申し訳ない、終電終わってる?お宅はこの近く?』 『いえ……でもタクシーがあります』 夜神の事だ、何ブロックか手前で下りて目立たぬように帰って来る事ぐらい出来る筈だ。 それにしてもアキラは緒方と同じ位酔っている進藤の事はきれいさっぱり無視だな。 その時。 『ヤンユエ〜』 『はい』 『電車ないなら、うちに泊まってけよ』 進藤がまたふらりと立ち上がる。 『でも』 『いいって……汚いけど。ま、オレを送り届けて欲しいっつーのもあるしさ』 塔矢を見ると、隠しもせず険しい顔をしていた。 『ご迷惑だろう……それに汚いというのならボクの家に泊まって貰う』 『行洋先生もいるんだろ?気ぃつかうっての。なあ?』 『はい……』 『でも』 『オマエには関係ねーだろ?』 進藤は軽く凄むと、夜神の手を引いて千鳥足で歩き始めた。 夜神は振り返ってアキラに会釈をすると、仕方なく着いて行く。 遠ざかるアキラの顔は、険しいままだった。 『怎麼辦 ……』 『何て?』 『いえ……』 夜神が進藤に分からないように指示を求めて来たので、私はマイクに向かった。 「いいですよ、泊まって進藤プロと親しくなって下さい」 『明白了……』 「でも、タイで見せたような可愛い姿は私以外の男には見せないで下さいね?」 『何の事だか』 夜神は少し怒ったように言うと、身を屈めて進藤に肩を貸した。
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