Black and White 5 進藤は、困ったように目を泳がせていたが、決心したように顎を上げる。 『オレも、最初は正直saiに少し似てると思いました。 でも、コイツはsaiの関係者じゃないと思う』 『進藤先生は嘘吐きですから』 進藤の言葉に被せるように、塔矢アキラが言い放ってまた場が凍った。 『楊月くんは、師匠はいるのかね?』 『師匠……ええ、まあそのような存在はいます』 『!』 皆の目が光る。 夜神に「師匠」などと呼ばれるのは、何とも新鮮だ。 『その人は、いまどこに?』 『どこって……その、事情で人に会えない人なので、自宅で引きこもってます』 『その人は!いつから碁を打っている? 十三年前、ネットで碁を打っていた事はないか? というか、今連絡は取れるのか?』 緒方が焦ったように顔を近づけて来た。 「月くん、本当に電話して来ないで下さいね? ヴォイスチェンジャー通した声の師匠というのもおかしいでしょう」 『いえ……無理ですね』 『何故!』 『あまり、人と話す事もしない人なので』 『でも楊月くんとは話すんだろう?』 『はい。でもこれには色々な事情があって……とてもじゃないですがご説明出来ません』 夜神が怯まずに毅然と言うと、緒方は鼻白んだように口を噤んだ。 『もうその辺りにしておきなさい。困っているだろう』 『はあ……』 盤を睨んだままだった行洋が、顔を上げる。 時計をちらりと見遣った後、夜神を正面から見据えた。 『楊月さん』 『はい』 『あなたの師匠がsaiかどうかは分からんが、あなたにそれ程の碁を教えた人と、私も一度手合わせを願いたい物だ』 『……』 『出来れば盤を挟みたいが、ネット碁でも構わない。 と、塔矢行洋が言っていたとお伝え願えないかね』 『……はい。ご希望に添えるかどうかは分かりませんが、必ず伝えます』 もう伝わっているが、冗談ではない。 意味も無く一般人と関わるつもりはない。 『もう、閉会式に行かねばならんだろう』 『そうですね。楊月くん、先程も言ったが、その後は付き合ってくれ。 塔矢先生は後援会の方々と水入らずで飲まれるようだから』 「いいですよ、月くん。行って来て下さい。 ただし、気を付けて下さいね?緒方も被疑者か被害者か分からなくなって来ました」 『……分かりました。少し、お付き合いさせて下さい』 気付けば、何かプラモデルを抱えたニアが、すぐ横に立ってモニタを凝視していた。 「何か分かりましたか?」 先程のお返しに尋ねてみると、少し首を傾けて唇を引き結ぶ。 「……」 しかし結局何もいわないまま、数秒が過ぎた。 「……私は、寝ます」 「そうですね。nursery tale なしでも寝られますか?」 「……」 ニアは下らない、と言いたげな目で軽く私を睨んだ後、寝室に下がった。 『6の十二……おまえ、ほんっとーにsaiと関係ないのか!』 くだを巻いていた緒方が、カウンターに突っ伏すと板前が手際よくその周囲の徳利や醤油皿を下げる。 彼はこの店ではいつもこんな調子なのかも知れない。 緒方の行きつけという路地奥の店は広さの割りに席数が少なく、緒方、塔矢アキラ、進藤ヒカル、夜神でほぼ満席になっていた。 他に客は居ない。 密談向けの予約専用の店なのかも知れない。 『サイ……心当たりありませんね。6の十一』 夜神は何度目かの同じ台詞と、碁石の位置を吐きながら、潰れた緒方をスルーした。 ずっと碁の話をしていて、塔矢アキラと進藤ヒカルの実力にも成績にも差がない事は聞き出せたが、二人の不仲の原因についても、肝心の事件についても、中々話を切り出す機会がない。 しかし。 『それより、開会式の時に聞いたような気がするのですが、震災で囲碁関係の方が何人か亡くなったんですか?』 ついに焦れて、やや強引に話を持って行った。 『いやぁ、地震じゃなくて、その前に死んでたんだよ。結構立て続けにね』 まだ寿司を食べている進藤が口の中にネタを含んだまま答える。 カウンター席に、夜神を挟んで緒方と進藤が座っていたが、その緒方が寝たので緒方の向こう側に座っていた塔矢アキラが徳利と猪口を持って移動して来た。 進藤の隣には座りたくなさそうなので、夜神が一つ席をずれる。 『ごめんね、親父さん』 『へえ。今日は他にお客さんもみえませんので全然大丈夫ですよ』 にこにこと笑いながらも寡黙な板前が、今日一番長いセンテンスを口にした。 『もう緒方さんはダメだね。ボクが続けようか?』 『聞いていらっしゃったんですか?』 『ああ。石は全部頭に入ってる。今の所互角だよ。 緒方さんがぺろべろなのを差し引いても、凄い』 『でも……やはり酒の席で目隠し碁は厳しいです。僕の負けですよ』 『先に落ちたのは緒方さんだから、キミの勝ちだよ』 アキラはリップサービスのつもりかも知れないが。 夜神も、よもや自分が酔っ払いに負けたとは思っていないだろう。 『でも、本当に上手いんだね、目隠し碁まで出来るなんて』 『いえ。今日は進藤先生に指導して頂いて、実力を底上げして頂いたのかも知れません』 『おま、日本式のおせじも上手いなー!ま、半分ホントだけどな!』 飲む前より多少大きくなった声で、進藤が口を挟む。 夜神は少し慌てたように脱線しかけた話を元に戻した。 『そうだ、碁の関係の方が立て続けに亡くなった、と仰ってましたね』 『そう。六人』 『六、人?』 聞いていたのは五人だが、また増えたのか。 と思っていると、塔矢アキラが口を挟む。 『地震前は五人だろう。酔ってますよ、進藤先生』 『あー、そうだな。白川先生っていう人のね、お父さんがアマチュア名人だったんだけど。 ついこの間心不全でね……』 『白川ぁ!白川……』 突発的に喚く緒方に視線を送り、進藤は億劫そうに猪口を呷った。 『不思議ですね……それだけ続くとなると』 『楊月さん、ミステリがお好きですか?』 アキラが意味ありげに微笑んで、夜神に向かって徳利を傾ける。
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