Black and White 4 「どうです?L」 「まだ事件の事は何も話していませんし、何の検証も出来ませんね」 ニアと私しかいないので、仕方なく私が紅茶を入れる。 夜神が用意して行ってくれたものをカップに注ぐだけだが、やはり彼の煎れたての方が美味い。 「今分かる事だけ、ですよ」 「あなたは何か分かりましたか?ニア」 ニアはおもちゃで遊びながら時折画面を見ていただけだが、会話は全て聞こえていただろう。 「そうですね……オガタとアキラの関係は、今ひとつ分かりませんが仲が悪そうではないですね」 「はい」 「オガタとシンドーは、オガタとアキラよりも親しそうだ。 過去に何か、アキラがいない所で関係があったのかも知れません」 「なるほど……シンドーと塔矢アキラの性質の違いかも知れませんが」 「はい。しかし、その馴れ馴れしいシンドーとアキラは、変に余所余所しい」 「進藤が、緒方にも使わない敬語を塔矢アキラには使ってますからね」 「しかしアキラの方はシンドーを避けてはいない、むしろいたぶっているようにも見える。 何か、アキラがシンドーを脅かすような出来事があったんです。 シンドーは、反コーヨー派でしたっけ?」 「そんなデータはありません。むしろ、」 PCで検索してみたが、一件だけ、進藤が過去に塔矢行洋に接触した事を窺わせる記事もあった。 字面だけ見ればお互いタイトルホルダー、不自然はないかも知れないが、実は塔矢行洋が活躍していた時代と進藤が活躍している時代は全く重ならない。 引退直前の名人と、プロになりたての他門下生、と思えばこれも奇妙な事かも知れない。 「それでも、シンドーが何かコーヨーを軽んずる発言をしてしまった…… そして、アキラが殺人未遂……」 「ならば警察に届けるなりすれば良かったんです。 それに、進藤は塔矢アキラに怯えている事を認めたくないらしい」 「という事は、仕事内容でしょうか? 碁で、シンドーは限界を感じているのに、アキラはまだ伸び続けているとか」 「後で二人の勝率の推移も調べて見ましょう。 その辺も出来れば聞きだして下さい。聞こえてましたね?月くん」 夜神が合図に小さく咳払いをした所で、塔矢行洋の控え室に到着したらしい。 『先生。今よろしいでしょうか』 そこは随分小さな和室で、年配の男性が何人もひしめき合っていて窮屈そうだった。 『ああ、源会長、この度はありがとうございます』 『緒方さんじゃないですか、お見限りで』 『ああ、後援会の方々も今日ばかりは勢揃いですね。 おや、桑原元本因坊。いらっしゃったんですか、お珍しい』 『ふぉっふぉっふぉ。今年の初物じゃからの。見ておけば寿命が延びる』 『いやいや、塔矢先生のお顔を見なくても充分長生きされそうですよ。 言うでしょう、憎まれっ子……』 『緒方クンもさぞや長生きするじゃろうな』 禿頭の老人と仲が良さそうな遣り取りをした後、緒方は膝で行洋の横にいざり寄る。 そして耳元で二、三言囁くと、行洋の目が突然光った。 『……皆さん。申し訳ないが。 後で会場でお会いしましょう』 『夜の懇親会は来て下さるんですよね?』 『ええ、それは勿論顔を出させて貰いますよ』 『あまり飲まれないように、しっかり監視させて頂きますよ』 『高森先生、病院の方には戻られなくて良いんですか?』 『行洋先生が帰っていらしてるのに診察なんか……日本ではまだ私が主治医です。 若先生こそ中国には行かれないんですか?』 塔矢行洋……進藤が塔矢行洋に接触したというのは十年前の心臓疾患での入院だが、未だ「予後」という事か。 それは「デスノート」とは関係無いだろうが……。 ざわめきと共に人々が去った後に残ったのは、部屋の真ん中で座布団に端座した行洋と、その前の足つき碁盤だけだった。 『そう言えば、お父さんが羽織と袴を着けるのは久しぶりですね』 『ああ……中国では洋装にさせて貰っているよ。 で、その人が』 『ええ』 緒方は勿体ぶるように息を吸って間を置いた。 『サイ』 『!』 アキラと進藤が、同時に息を吸ってびくっ、と揺れる。 先程は仲が良くない様子だったが、こうして見ると兄弟のようだ。 『……に繋がるかも知れない人です』 部屋の空気が凍ったように、誰もが顔を強張らせている。 予想外の展開だ……私は慌てて手元のPCで「sai」について調べて見る。 『サイ……?』 夜神が戸惑って辺りを見回したが、誰もが夜神を探るような目で見て答えなかった。 サイ[sai]……十年以上前、短期間ネット上に現れた謎の天才棋士、か。 その正体はプロ棋士ではないかと言われているが、今も何も分かっていないらしい。 『……進藤がどうしても口を割らないんでな。あんたに聞くしかない』 『すみません。何の事だか』 『取り敢えず座り給え』 座ったままの行洋が、やたら威圧的だ。 夜神は靴を脱いで座敷に上がると、碁盤を挟んで行洋の向かいに座った。 『この人と対局したのは?』 『進藤と、ボクです』 『アキラくんとの対局は、私も見ていました』 『なるほど。置きたまえ』 『……はい?』 『あまり時間がないのだ。石を置きたまえ』 なかなかに無礼な人物だが、夜神は素直に白石をことりと置いた。 私と対局している時、何度か奇抜な初手を打ったことがあるが、今回は手堅く右上隅星だ。 行洋は不機嫌そうな様子のまま、ぴしっ!と高い音を立てて黒石を置く。 十手ほど進んだ所で、行洋は小さく眉を顰めて腕組みをした。 『……確かに強い。が、sai に繋がるほどかと言えば』 『しかし、本格的に碁を勉強したのはこの一ヶ月だそうです』 『……』 行洋は胡散臭そうに夜神を見て、その後何故か進藤に目を遣った。 『進藤くんは、楊月くんの碁を見てどう思ったかね』 『オレは……』
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