Black and White 3 結局二人は最後まで打ち切った。 込み入った局面だが、整地すれば塔矢アキラの3目半勝ちだろう。 だからこそ最後まで投了しなかったのだが、夜神には見切れなかったらしい。 整地してから始めて、 『あ、負けました。ご指導ありがとうございました』 と頭を下げた。 周囲が一斉にどよめいて、拍手が湧き上がる。 『そう言えばこれ、指導碁だったんだな』 『いやー、見応えがありましたねぇ!』 『途中の4一が痺れたな!まさかあれが、後々あんなに効いてくるとは』 『ああ、光る一手でした』 私が指示した一手を褒められ、きっと夜神は今口惜しい顔をしているだろう。 『すみません!いいですか?』 大きな声に夜神が振り向くと、大きなカメラを構えた眼鏡の男がすぐ側に居た。 『私、週刊囲碁の記者で、』 『あ、すみません。写真撮られたくありません』 『え……』 『ごめんなさい』 顔を背けて立ち上がる。 「月くん。あまり印象に残ると不味いです。今すぐ引き上げて下さい」 『進藤先生、塔矢先生、今日はありがとうございました。 僕は、この辺りで失礼します』 進もうとした夜神の、視界ががくん、と揺れた。 夜神が振り返ると、間近で緒方碁聖がニヤニヤと笑っている。 カメラが下がると、手首がしっかり握られていた。 『逃げるなよ、楊月くん』 『いえ、そんなつもりは……』 『是非、父にも紹介させて頂けませんか?』 塔矢アキラが別方向から、微笑みながら声を掛ける。 緒方のようにニヤついた笑いではないが、有無を言わせぬ目だ。 塔矢行洋……連続死事件の、最も渦中にあると思われる人物。 塔矢アキラ……その最有力容疑者。 緒方精次……模木に疑われている人物。 この三人の、話が聞ける機会……。 『どうしよう……』 夜神が、また独り言の振りをして呟いた。 確かに、話が上手すぎるのは気になる。 無いとは思うが、万が一塔矢門下の三人、あるいは二人がグルであった場合。 塔矢アキラに、夜神が密偵である事に気付かれている場合。 夜神の命が危ない……。 その時ニアが呟いた。 「一か八か、勝負に出てみた方が良いんじゃないですか?」 「失敗すれば、夜神が死にますが」 「何か問題でも?」 まあ……何度も本当に処分してやろうと思った男だが。 本当に夜神が死ねば、動揺するのはニアの方だろうに。 「カメラやマイクから、私に繋がらなくとも何かに捜査されている事はバレる。 それは望ましくありません」 「確かに……」 そんな事を話している間に、夜神は緒方に手を引かれて歩かされていた。 いい年をして、強引な男だ。 『おい、ずりぃぞ!最初に楊月さんと対局したのはオレなのに』 『関係ないだろう?』 カメラが振り向くと、進藤ヒカルが心なしか青ざめた顔で立っている。 側に居たのか……。 「月くん。まずは進藤プロの方と仲良くなって下さい。 その方が自然ですし、いきなり塔矢と近付くのは少し危険だ」 夜神は『ああ、』と小さく返事をして、進藤ヒカルに手を差し伸べた。 『あの、僕は本因坊にお会い出来ればと思ってここに来たので、』 『ほら見ろ!』 進藤は得意げに鼻の穴を膨らませたが、緒方は苦笑いをするだけだ。 『仕方ないな、なら進藤も来ていいぞ』 『はあ?何すかその言い草』 『後で寿司を驕ってやる。ああ、楊月さんのついでにな』 『マジで?』 『アキラくんも来るだろう?』 名人に向かって「アキラくん」、か。 兄弟子はいつまで経っても兄弟子という事か? 塔矢アキラの声がずっと聞こえなかったので気になっていたが、一緒に移動してはいるらしい。 視界が狭いのがもどかしい。 『そうですね……すし辰ですか?』 『ああ』 『ならご馳走になろうかな』 『現金な奴だ。楊月くん、日本の美味しい寿司をご馳走しよう』 『いえ……初めて会った方に、そんな事は』 『まあまあ。お国には復興支援でさんざん世話になっているしな』 『……』 夜神が黙って進藤の方を見ると、進藤は足を止めていた。 緒方に手を引かれて夜神が移動しているので、遠ざかっていく。 『進藤先生』 『あ……オレ、やっぱいいや』 『では僕も、失礼を』 『おいおい、主役がいなくては話にならんだろう』 進藤は、何かに怯えるような、奇妙な表情をしていた。 『……進藤先生。どうしたんですか?ここは付き合って下さいよ』 聞こえたのは、穏やかな塔矢アキラの声だ。 『いや。森下先生の手前もありますから』 『もうそんな事を気にする立場でもないでしょう』 『オレは気になるんだよ。緒方先生と塔矢先生で行って来て下さい』 進藤ヒカルは何故、同行したがらない……? 夜神とは話したがっていた。 緒方が寿司を驕ってやると言った時は喜んでいた。 やはり塔矢アキラ、か。 『そんなにボクと食事に行くのが嫌ですか、本因坊』 塔矢が、背筋を伸ばしたまま冷笑を浮かべている。 『それとも、怖いですか?』 進藤は少し眉を寄せて顎を上げた。 『んなわけないでしょ』 そんな遣り取りを経て、四人は塔矢行洋の元へ向かった。
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