Black and White 2
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『ええ。交代の時間ですから。進藤先生もそうですよね?』


夜神のカメラが、正面から若者を捕らえる。
男にしては長めの真っ直ぐな黒髪、印象的な引き締まった眉のお陰で精悍な印象だが、顔立ち自体は女性的と言ってもいい。

……塔矢アキラ。

その冷たい目。
直接見ていないので断言は出来ないが、人を殺した事があると言われても納得してしまいそうだ。

それにしても、このよそよそしさはどうだろう。
塔矢アキラはともかく、進藤はかなりフランクなタイプだ。
同じ年で、付き合いも長く、棋力にも差がない塔矢アキラに他人行儀で話す理由が想像つかない。


『オレに何か用だったんじゃないのか』


突然、下から緒方プロが声を掛ける。
被疑者二人が揃っているとはな。
しかしこの人物も、冷たい印象だ。
塔矢門下の門風なのか?


『ああ、そうそう!この人さ、オレが見出した大型新人!ヤンユエ!』

『『大型新人?』』


期せず、緒方プロの声と夜神の声が重なる。
しかし、進藤は緒方プロには随分馴れ馴れしい。


『滅茶苦茶強いぜ。多面打ちで2子置いて貰ったけど、油断してたら負けてた』

『ほう。院生レベルなら勝てない、と?』

『多分な。台湾棋院だったっけ?』

『いえ……。申し遅れました。楊月亮と言います。
 台湾出身ですが、碁でどこかに所属した事はありません』

『マジで?いつからやってるの?』

『碁を覚えたのは中学生の時ですが、真剣に勉強したのはこの一ヶ月くらいですね』

『『一ヶ月?!』』


今度は進藤と塔矢アキラの声が重なり、二人は気不味そうに顔を見合わせた。


『あ……いや、もうちょっと……かな?』


塔矢アキラはすぐに平常な顔に戻って、少し皮肉にも見える笑顔を浮かべる。


『那箇出色。過后能同我対局吗?』


そして突然、北京語で話し始めた。
中国語も話せるのか……しまった、韓国語が堪能だという記録はあったが。リサーチ不足だ。
夜神は広東語はある程度分かるが、台湾人を名乗る割りに北京語はまだ挨拶程度の習得度の筈。
さあ、どうする?


『可以吗?』

『あー、日本語でいいですよ。私も日本語の勉強がしたいので』

『僕の中国語はおかしかったですか?』

『いえ、お上手です。後で塔矢名人のブースに伺ったら良いですか?』

『そうですね。多面打ちはもう終わったので、一番台にご足労願えますか』


塔矢アキラは、夜神が本当は中国人でない事を見破っただろうか……。
今の所面白いように塔矢の懐に飛び込めているが、吸い込まれているようにも思える……。


『おいおい、進藤はオレに言いに来たんだろう?
 オレが先だろうが』

『残念ですね。先に約束してしまいました』


緒方も塔矢も、獲物に飛びかかるハイエナのように夜神に執着する。
プロ棋士とは貪欲な者で、そして進藤の目は、それ程信用されているという事だ。





「L。よく長時間そんな物見ていられますね?」


背後からニアに声を掛けられて、我に返った。
画面は塔矢アキラとの対局中盤、夜神は進藤ヒカルと対局した時と同じく2子置かせて貰ったが、アキラは長考中だ。


「私なら歩いている画面を見るだけで酔います」

「ああ、私は三半規管が……」


言いかけた所で、画面上から白い手が出て来てぴしり、と高い音を立てた。
ああ……一番置かれたくなかった所だ、さすがだな。
夜神のマイクを通して、『ほほ〜、』というような大勢のざわめきが聞こえる。
公開対局のようになってしまっているが、大丈夫だろうか。


『さすが若先生だ』

『しかし美形対決ですな』

『この人は?』

『外国人らしい。あ、もしかしてコヨンハかな?』

『どうりで、強くて派手な』

『いや、私は素人さんだと聞きましたが?』

『そんな筈はないでしょう』

『でもコヨンハとは髪型や色が全然が違いますよ、私実物見た事あります』


周囲の声が少し拾える。
写真などもっての他だが、顔を覚えられたら不味いな……。


「月くん。周囲の人があなたを見ています。顔を上げないで下さい」

『うーん……』

「それと、つぎは4の一です」

『え?』


夜神が顔を上げると、向かいの塔矢アキラもこちらを見ていた。


『あ、すみません。独り言です』

「4の一です」

『……悪手、か……いや……』


夜神は独白の態で私の説明を待つ様子だったが、私が何もいわないので仕方なくそこに置く。
また周囲がざわめいた。
塔矢アキラのすぐ横に立っていた緒方碁聖が、口元を手で覆う。


『……楊月さんは、主にネット碁ですか?』


アキラが、ぼそりと呟いた。


『え……どうしてですか?』

『石の置き方が、失礼ですが慣れていらっしゃらないように見える』

『そうですか……そうですね』


私が、人差し指と親指で摘んで置くタイプなので、私が教えた夜神も自然とそうなっている。
将棋も囲碁も、プロや慣れた人間が中指と人差し指で挟むのは知っていたが、特にその通りにする必要はないと思っていた。


『中学生の頃は、そう言えばこうしていました』


夜神が器用に中指と人差し指で石を摘んで持ち上げてみせる。
塔矢アキラは、何故か冷笑でそれを見つめた。






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