Massive attack 3 結局、震源は東京ではなかったが、酷い災害だった。 恐らく都市機能は麻痺するだろう。 半日経ってもネットはたまにしか繋がらず、日本のTVは、CMもなく全て地震関連のニュースばかりだ。 「少なくとも、向こう三ヶ月はこのビルに籠城するハメになるでしょう。 日本がキラに支配されて周り中敵だらけになる事も想定していましたから、それなりの設備が整っています」 「そう言っても、震源地から少し離れてるから一ヶ月もすればある程度復旧すると思うけど?」 「何の根拠で?」 「僕が子どもの頃、西日本の都市で今回に匹敵する規模の地震があった。 でも、確か驚く程復旧が早かったと思う」 「なら、まあ、一ヶ月。何も出来ない時間が空いてしまった訳です」 全く。不本意ではあるが。 「特にプランがないのなら、僕はフランス語の勉強をするけれど」 「広東語とスペイン語のおさらい程度にしておいて下さい」 「?」 「この一ヶ月で、あなたに囲碁を徹底的に叩き込みます」 「え……」 「先刻まではあなたを行かせるつもりは毛頭ありませんでしたが。 実現不可能だと思っていたあるプランを実現可能にするだけの時間が思いがけず出来てしまったので」 少し呆気にとられていた夜神だが、すぐにニヤリと笑った。 「行かせてくれるんだな?捜査に」 「はい」 「でも一ヶ月もいらないけど? 多分僕は、零和有限確定ゲームに関してはかなり才能ある方だと思うよ」 「奇遇ですね。私もなんですよ。 チェス、チェッカー、将棋、囲碁、リバーシは誰にも負ける気がしません」 「面白いね。なら一ヶ月、ボードゲームで暇を潰すか」 「まず囲碁で私に勝てたら、ですが」 ……そして。 時間が限られていた事もあり、二人とも早碁だった事もあり、それから一ヶ月余りの間に二百を越える対局を経た現在も。 夜神は一度も私に勝てていない。 とは言っても彼の上達ぶりは目を見張る物があったし、彼自身が置き碁というハンディ戦を拒んだからだが。 「誰かに勝つ」という相対的な評価がない分、彼は自分が強くなった自覚を得られないらしい。 「本当に、たった一ヶ月で東京は随分元通りですね」 「食料も配達して貰えるようになったしな」 ネットも電気も随分前から復旧していた。 発電所が地震で駄目になった影響で都市全体としては電力不足だが、時折制限を設けるだけで使えてはいる。 このビルも、電気を使っているのは現在居住している最上階だけなので、契約電力の割りには「非常に節電している」という事になっているだろう。 「で、早速ですがこのゴールデンウィークに、囲碁イベントがあります」 「……へえ。この自粛ムードのご時世に」 「チャリティイベントですから。集まった寄付金は被災地に送られるそうです。 緒方碁聖、塔矢アキラ……それに、件の塔矢行洋も一時帰国して参加するとか」 「それは凄そうだな」 「はい。他にも有名なプロ棋士が一堂に会する、恐らくもう二度と無い企画でしょう」 「それに、僕も行くんだな?」 「はい。ここまで大きなイベントなら一般客も多いでしょうから目立たない筈です。 しかし、知り合いに会うリスクも高まる訳ですから、充分に気を付けて下さい」 「大丈夫だよ」 例の、模木が持ち込んできた事件だ。 ああいった閉鎖的な世界の内情は、外部から調査しても埒があかない。 そこで、夜神を一時的に内部に潜り込ませるという作戦だ。 町の碁会所から始めたり、プロ試験を受けてみたりでは時間が掛かりすぎて夜神の素性がバレる可能性が高い。 それを避けるには、囲碁イベントで目立って強い素人として注目を集め、瞬間的に塔矢派の懐に入り込むしかない。 実現出来るのは、夜神の並外れた頭脳のお陰だが……。 元々は緒方碁聖か塔矢アキラに近づければと思っていたが、思いがけない事で行洋が帰国したのは僥倖だった。 「とは言っても、行洋本人に近付く意味はあまりないよな。 普段は中国にいてあまり日本の囲碁界の現状に詳しくないだろうし」 「ですね。狙いはやはり……」
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