Massive attack 2
Massive attack 2








何だ?
目を遣ると、冷めた紅茶の水面が波立っている。


「?」


ニアを見ると、そのニアが突然大きく傾いた。
いや、何だ、床が、襲撃?テロか?


「伏せろ!」


夜神が鋭く叫んで横に飛び、ニアを抱えてPCデスクの下に入り込んだ。


「?」


その異様なアクションに、思わず笑わされてしまいそうになったが、私も立っていられなくなって汗がどっと噴き出る。
電灯が消えて辺りが暗くなった。


「地震だ。かなり大きい。今の内にワタリさんに電話しろ。
 すぐに繋がらなくなる」

「地震?え、いや、私の携帯は衛星、」

「中継基地が壊れなくても、皆が一斉にどこかへ電話しようとするんだ。繋がりにくくなる」


そう言っている間にも、PCは横滑りし、カップはまだかちゃかちゃと煩い。
ググ、と地の底から響くような音がするがこれは建物が軋んでいる音か。
というか、何だこれは。
一瞬夢か?と思いかけたが、それは現実逃避だと自分を戒める。


「しっかりしろ、竜崎」


その名を呼ばれて、目が覚めたように動けるようになり、私もデスクの下に駆け込む。
自家発電装置が漸く働いたらしく、電灯が復旧した。


「な、何なんですか、これは」

「忘れたのか。日本は地震国だ」

「だから、この建物は当時最新の免震構造を取り入れているんですって」

「だから、それでもこれだけ揺れるんだから大きいと言っているんだ」


何故そんなに冷静なんだ。
震度4くらいまでなら屋内では気付かないレベルの設計にしてあるというのに。
この建物でこれだけ揺れると言う事は、


「日本、終わりましたね」

「まだ分からない。早くワタリさんに電話しろ」


私がロジャーに電話している間に、夜神はTVをつけていた。
いくつかチャンネルを変えて生放送をしている番組に固定する。


『はい』

「ワタリ、東京で地震が起こった」

『……大丈夫ですか?』

「ああ、私達は三人とも私のビルの中に居る。現在の所は無事だ。
 これからしばらく連絡が取れなくなるかも知れない」

『私もそちらに行った方が良いでしょうか』

「そうだな、当面の食料はあるので、建物が大丈夫なら問題ないが今現在も揺れて」


TV画面の中ではアナウンサーらしい男女が、


『大きいですね』

『皆さん、くれぐれも慎重に行動して下さい、火の元にお気を付け下さい』

『現在、東京は揺れております。震度や震源など詳細が分かり次第……』


テーブルにしがみつきながら、冷静なコメントをしているのが異様だ。


「いや、やはり来ない方が良い。かなり大きいので危険だ」

「しかし、」

「実際、民間機は東京に着陸できないかも知れない。
 また用が出来れば必ず連絡するので、待機していてくれ」


渋るロジャーを宥め、通話を切る。
もう揺れは収まっていた。


「東京は、いつもこんななんですか?」

「いや。これ程大きい地震は僕も初めて体験した」

「の割りには冷静ですね」

「まあ、小さい頃から避難訓練を受けているしね」


デスクの下から出ると、夜神も出て来た。


「必ず余震が来るから油断するなよ」

「Yes, sir」


またカタカタと音がしたので思わず身構える。
だがそれは、ニアがデスクの下から這い出してきた音だった。
小刻みに震えているのを、夜神が抱き寄せる。


「……日本から出たいです。出ます。
 今すぐヒースロー行きを押さえて下さい。なるべく早い便を」


いつものように夜神を振り払うのも忘れ、唇をわななかせながら早口で捲し立てる。


「ニア、落ち着けよ」

「落ち着いています。落ち着いた上で現在選択出来る最善の策を提案しています」


夜神は溜め息を吐いて、携帯電話から航空会社に電話した。
スピーカにして、繋がらない旨を伝えるアナウンスをニアに聞かせる。


「大丈夫だ。まずは現状を把握しよう」


TVは、いつの間にか静止画に変わっていた。
しかし、海外のニュース番組では、日本が巨大地震に見舞われた事を報道している。


「ネットはどうだ?」

「繋がるはずです。有事に備えて独自の回線を使っていますから」


しかし、非常電源のお陰で起動はしたものの、何故かネットには繋がらなかった。


「仕方がないですね……取り敢えず様子を見るしかないですね」


その時、ニアの携帯が鳴る。
皆でギョッとしたが、携帯を見たニアは顔を顰めた。
こちらに見せたメール画面には、


『A U OK?』


金髪か……やはり生きていたのか。
なかなか回線が繋がらない時に、こんなメールだけ届くのも皮肉なものだ。
大丈夫かと心配される仲でもないだけに腹立たしい。


「何と返します?」

「返さなくていいです。
 恐らく、我々がまだ東京に居るかどうか探っているだけでしょう。
 死んだとでも思ってくれれば都合が良い」


その時、また床が揺れ始めた。
ニアはもう、恥も外聞も確執も忘れて夜神に力一杯しがみついていた。






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