Burning 6 「どうでしょう。ヤマモトは、アイザワに言わないでいてくれるでしょうか?」 「どうですか?月くん」 夜神は口元に手を当ててしばらく考えていたが、やがて目を上げる。 「大丈夫だと思う」 「警官として大丈夫じゃなさそうですけどね」 「融通が利くタイプだし、結構お調子者な所があるから。 もしニアに好意を持っているとしたら、ニアと連絡が取れる限り 秘密にしてくれるだろうね」 「こ、好意?」 「そう。奴は女の子好きだから」 「……」 目眩がする。 あの……女装が、こんな所にまで影響を及ぼすとは。 「……なるほど。彼は私が女性だと勘違いしている訳ですね」 「勘違いさせたのはこちらだけどね」 「というかキサマですけどね」 一人称、二人称のバリエーションが豊富な日本語の中でも、一番の蔑称だと 聞いているのだが、何故か夜神は腹を押さえてくっくっ、と笑った。 「まあとにかく、ヤマモトからメールがあったらマメに返信する事だな。 もし着信拒否したり携帯を捨てたりしたら、すぐに相沢さんに言うだろう」 「それでも構いませんけど」 「勿論足はつかない携帯だろうけど、情報源は多い方が良いだろ。 上手く使えば模木さん以上に役に立つ」 どうして私がそんな……。 「Honey trapみたいな事を」 「自分のbodyがどういう風に使えるか、学んでおく良い機会だよ」 「不要です。私が人前に出る機会は今後は一切ありませんから」 「そうとも限らないだろ?」 そもそもおまえがそんな機会を作らなければ、一生人前に出ずに済んだのだ。 と言いたかったが、口では夜神に勝てそうにないので止めた。 「しかし教授が元々死んでいたとなると……全て考え直しですね」 「だな。金髪がチャットを申し込んできた理由から」 そう。 金髪は教授を見殺しにして置き去りにした訳ではない。 では……何日も前に自分で殺したのか? だとするならば一体何故……。 いやその前に何故チャットを……。 「L、どうかしましたか?」 Lが、しばらく無言で指を囓っている。 険しい顔をしていた。 「私もそれを、さっきから考えていたのですが」 それからゆっくりと、話し始めた。 「我々の居場所を掴む為、というよりは……自分の居場所を掴ませる為、 だったような気がしませんか?」 「そうだな……自分の居場所が分かるかとか言っていたし。 逆探知対策も、ほとんどされていなかったと言って良い。 もし、こちらの逆探知が遅れたら、チャットで時間稼ぎをしたのは向こうかも知れない」 「教授の死体を前にして……彼は一体何を考えていたんでしょう?」 教授の死。 「L」をチャットに誘い出して……。 爆弾を仕掛け、 自分の居場所を掴ませる。 そして教授の死体を置いたまま自分だけ逃げる……。 爆破は、私の返答が気に入らなかったからでは、ない。 派手に……人目を惹く……逃げる……。 「月くん。どうですか?」 Lの声に思考の糸を途切れさせ、夜神を見る。 夜神は瞑想するかのように目を閉じていた。 「……金髪が、教授を見殺しにした、という先入観をまず捨てなければならない」 「まあそうですね」 「金髪がチャットを開催した目的を達成したと思っていると仮定するならば」 言葉を切って、静かに目を開ける。 「模木さんに教授の死体を運び出された事だけが、誤算だったと考えられる」 「と言うと?」 「本来、教授は建物と共に木っ端微塵に吹っ飛んでいなければならなかった」 確かに……そうなっていた可能性は高い。 我々が偶然彼等の居場所を予め掴んでいて、模木が張っていたから そうはならなかったが。 その場合は教授の肉体は肉片となり、死亡日時も推定不可能になっていただろう。 「そして、その様を『L』に見せるのが、今回の目的だったんじゃないかな」 「……」 「教授の死を派手に飾り付けて、まざまざと見せつける為に、 あるいは教授の死が『L』のせいだと思い込ませる為に、 今回の事は企画されたんだと思う」 「一体何の為に?」 「さあそれは。当てつけじゃないか? 首謀者が金髪なのか教授なのか分からないけれど」 「……何の当てつけですか」 Lが、疲れたように言って立ち上がり、足を引きずってソファに向かう。 ……だが。 自分の死期を悟った教授が、金髪に頼んだ、というのは有り得る線だ。 出来るだけ派手に、まざまざと自分の死をLに見せつけてやれ、と。 だから金髪は得意の爆弾でホテルを一つ吹き飛ばす事にした。 それをLに見せる為に、ライブカメラから良く見えるホテルを選び、 敢えて逆探知させて。 我々が居場所を掴んだのを確認して小規模な爆破を起こし、 捜査員を混乱させると共に、我々にリアルタイムで見られるように仕組む。 そして……。 あの爆破は盛大な葬送であり、火葬だった。 あのホテルは、教授の巨大な墓標になる筈だった。 「金髪は……我々が思うより、教授を慕っていたのかも知れません」 「どうですかね」 Lが、ブランデーボンボンが入ったボンボニエールを抱え込んでソファによじ登る。 足を抱え、中毒症の患者のように性急に包み紙を剥いでいく様は いつも、幼児に似ている、と思う。 「だが教授は、最期まで『L』に執着していた」 夜神が独り言のように呟いた。 「生涯で一番優秀だった教え子は、Lだったんだよきっと」 「私は……」 Lが珍しく言葉を切り、続けられない。 「それは金髪にも譲れなかった。 だがそれをまざまざと見せつけられた金髪の心境は」 「……」 ……憧れ。 ……逆恨み。 金髪が執着しているのは……「キラ」ではなく「L」、か? ぽん、と肩を叩かれて我に返る。 夜神が無言で顎をしゃくった。 考え込むLをリビングに残し、我々は寝室に向かう。 歩きながら何故か私は、私を睨むメロの顔を思い浮かべていた。 --了--
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