Burning 5 じりじりしながら待ったが、ヤマモトから連絡があったのは 結局深夜になってからだった。 “Jane、今大丈夫ですか?” “お待ちしていました” “周辺の三つの病院を探したが、大柄で寝たきりの白人男性、という人は居なかった。 あなたの伯父さんがこのシンポジウムに参加していたのが確かなら、残念ですが” 死んでいるのは知っている……。 問題はその先だ。 “生死を確認したいのです。 遺体安置所には伯父らしき死体はありませんでしたか?” “二人ほど該当しますが、死体の写真を送るわけには行かないので” “送ってください” 反射的に返事をしたが、夜神が大袈裟にため息を吐く。 「もうちょっと普通の女の子らしく繕えよ」 「無理です。普通の女の子知りませんし。あなたと違って」 ヤマモトからは、すぐに返事があった。 “ご家族が続々と到着しています。あなたも大丈夫そうなら見に来ますか?” 思わず舌打ちをしたが、夜神は「当たり前だな」と呟いて携帯を奪った。 “残念ながら体が弱くてそこまで移動できません。 無理を押して行ったお墓参りであなたに会えた事を僥倖に思います。 遺体写真を一般人に公開できないのは重々承知ですが、これも運命だと思って どうか私を助けてくれませんか?” ヤマモトからはしばらく返信がなかったが、十五分程でメールが来た。 “こちらにアクセスして下さい。コピーはしないように” どうやら個人的にサーバにアップロードしたらしい。 いざとなれば、自分が一般人に遺体写真を見せたという痕跡を自分で消せるからだろう。 バカではないな、それに仕事が早い。 PCからアクセスすると、シンプルな画面にいきなり二枚だけ写真が貼ってあった。 一枚は大理石の彫刻のように、きれいだが色素のない写真。 もう一枚は、柘榴を割ったように、頭の一部が生々しく赤い写真。 「……」 「……」 どうやら、一枚目の方が教授だったらしい。 Lと夜神が、黙り込む。 「コピーしておきますか」 「いや、待て」 夜神がマウスを持った私の手を押さえ、ソースをチェックした。 「……写真をダウンロードしたらアップロード主に通知が行くようになっている それにスクリーンショットも取れないな」 「なるほどですね。何とか出来ますか?」 「まあそんな時は」 そう言って夜神は、自分の携帯で写真が表示されたPC画面を撮影する。 「こうすれば良いだけの事だ。 昔から、凝ったことをする割りに詰めが甘いんだよな、山本は」 そう言って笑う夜神の横顔を、Lが穴が開くほど見つめている。 何だか怖かった。 「どうします?収容されている場所の名前を聞きますか?」 「いや……教授を運び出したのは模木さんの筈だから、 これが教授だと警察にもいずれ分かる。 教授の関係者だと思われるのも面倒だから、もうここで切った方が良い」 しかしLの方を見ると、椅子の上に丸まって首を傾げながら、指を舐めていた。 「しかし……教授の死体がやけにきれいなのが気に掛かります。 死因は何でしょう?」 「爆破による打撲やショックではない……と思うのか?」 「実際、建物を出るまでは模木さんも無傷です。 大爆発が起こる前に死んでいた可能性も充分にある」 私は携帯を手に取った。 “一枚目の髭の老人が伯父かと思います。 どこの病院に居ますか?” そう送ったが、二十分程何の反応もなかった。 「不味いですかね」 「そうですね。上に報告されてマークされたでしょうが……。 まあその携帯を切ってしまえば大丈夫でしょう。 それまでに出来るだけの情報を引き出して下さい」 「あ、着信です」 メール画面を開くと、 「これは……」 ヤマモトからのメールには驚くべき情報が書かれていた。 “調べた所、あなたの伯父さんの死には不審な点があります。 真冬ですので目立ちませんが、死後二日は経過しているとの事です” 死後……二日? 爆破で死んだのではない……どころか、チャットの申し込みをして来た時点で 既に死んでいる……。 “確かですか?” “概要ですが。爆破で死んだのではないのは確かです。 化粧をしていた痕跡があるので、生きているように装っていたのかも知れません” “どう、解釈して良いのか” “また、彼には介助人が居た筈なのですが、行方不明です。 ご家族もあなた以外には連絡が取れないんです。 上司にあなたの事を報告して良いですか?” 本当にまだ報告していないのだろうか……だとしたら助かるのだが。 返信に迷っていると、夜神が横から携帯を取り上げる。 “待って下さい。事情があって、私はそちらに行けませんし、 知らない男の人と会うのも苦手です。 あなた以外の男性とはお話ししたくありません” “夜神は大丈夫だったんですよね?” 絶妙にピントの外れた返信……わざとだろうか? 私は夜神から携帯を取り返した。 “ヤガミさんには本当にお世話になりました。 でも申し訳ないですが、苦手でした” 現在形を過去形に直して返信すると、すぐに返信がある。 “外出できないで、どうやって暮らしているのですか?” “世話をしてくれる人が居ます” “そうですか。その人に来て頂く訳には行きませんか?” その「世話をしてくれる人」がまさか夜神だとは思いも寄るまい。 もし夜神が遺体確認に行ったらどんな顔をするのか見てみたい気もするが。 “不可能です” “では伯父さんはどうすれば?” “別の身内に連絡を取ってみますので、申し訳ありませんが しばらく身元不明人という事で保管して頂けませんか?” “上司にも伏せろという事ですか?” “お願いします” 些か強引だとは思った。 しかし、他には返信しようがない。 “分かりました。また連絡下さい” 意外にも物わかり良く、ヤマモトはメールを切った。
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