戦場の記憶 5 「ライトくん。何をしているんですか?」 背後からの声にゆっくりと銃を下ろし、振り返るとLが居た。 僕のモバイルを、僕に向けている。 「何、してるの」 「それは私が訊いているんですけどねぇ」 のんびりした口調に、思わず息を吐くと 「銃を置いて手を上げて下さい」 と言われた。 「そんなクラシックな台詞、自分が言われる事になるとはね」 「そうですね。今時、至近距離で銃を突きつけ合う、なんて事は 普通あり得ませんからね。……でも、私本気です」 Lの目は、確かに本気らしく思える。 僕はゆっくりと足下にレーザーライフルを置き、両手を上げた。 「おまえもそれ下ろせよ」 「……分かりました」 Lがモバイルから手を離したのを見て、僕も手を下ろす。 もう一度ジェイルの捕虜の方を見たかったが、ライフルを手にする訳には 行かないので、顔を向けて肉眼で眺めた。 動く物は、ないようだ。 さっき小さな悲鳴が聞こえて、犯られていた方も気を失ったようだった。 「殺したんですか?」 「……ああ」 「昼間の、彼ですか?」 「右目を、撃ってやった」 Lはやはり驚きもせず、ぐる、と首を回す。 「この距離で、凄い狙撃力ですね。さすがライトくんです」 「それ以外に取り柄ないし」 「それにしても久しぶりに、殺人犯が出ました」 「……」 緊迫感のない声音ではあったが、それで漸く、僕は人を殺したのだという 実感が湧いてきた。 「申し訳ありませんが、見逃す訳には行きません。 見逃したら、それの持ち主である私に火の粉が掛かりますから」 「ああ……そうだな。悪い」 そうか……殺人犯、か。 人一人の命が、たった今、僕の手の中ではじけて消えた。 それは何とも……奇妙な、しかし前人未踏(正確には違うが)と言った 誇らしさもある感覚だった。 「殺人の量刑は、どれくらいだろう」 「そうですね……さすがにレア過ぎて、私も検索しなければ分かりません」 言いながらLが僕のモバイルを弄る。 「モバイル、使えるんだ……」 「さすがに。この時代に生きてるんで」 「そうだよな。でもLは何となく、何百年も前からタイムスリップして来たような そんな気がしてた」 「……」 Lは僕を無視して、「この時代でも、一人殺しただけでは 死刑にはならないようですね……」と独り言のように呟いた。 そしてモバイルを構えて。 「という事で、私があなたを裁きます」 「え?」 何が?「という事で」なんだ? 裁くって? 「ライトくんはCDSPって知ってます?」 「ああ……次元警察?」 「はい」 さすがに検索しなくても知っていたが……。 サイバー・フィールド、フィジカル・フィールド、両方の戦場に潜入して 違法行為を見つけたり未然に食い止める機関の筈。 「申し遅れましたが、私、CDSPのフィジカル監視室の室長です」 「……嘘」 「マジです。ご存じの通り、私には緊急逮捕権、緊急対処権があります」 信じられない……。 だがLが、そんな大胆でしかも意味の無い嘘を吐くとも思えなかった。 Lはモバイルを構えたまま、静かに続ける。 「ですので、こうしてモバイルを同軍に向けているのは違法ではありません」 「……」 「でも、少しおしゃべりに付き合って貰って良いですか? 勿論強制ではありませんが」 僕が手を上げて小さく頷くと、Lも頷いた。 「ありがとうございます。 まず一つ謝っておきますと、私、わざわざ手を回して あなたと同じ部隊に入りました」 驚くと共に、納得もする。 本来同じ部隊には配属され無いであろうLと僕が、二度も出会った事。 「……僕が犯罪を犯すと、思ってたって事?」 「正確には、少し違います、ね。結果的にはそうなりましたが」 Lは、自分で言っておいて不審げに、頭を捻る。 「信じて貰えなくて構いませんが、私、前からあなたを知ってるんです」 「……」 「あなたが生まれる、ずっと前から」 「……」 こいつは、頭が良さそうに見えたが実はキてるのかも知れない。 と、初めて思った。 あるいは昔、本当に脳の一部を破壊されたのかも知れない。 「あなたが殺人者だと、知ってました」 「ああ……そう」 「人を殺す事が出来ないあなたは、可哀想でした。 嫌な時代です」 という事は、CDSPの幹部だというのも嘘か……。 いや、咄嗟にあんな言葉出てくるか? それにこいつの頭の性能が人並み外れているのは間違いない……。 「ライトくんは前世って信じます?」 「……いや」 「無理もありません。 でも前世であなたは、大量殺人犯でした」 「……」 「当時は今と違って、一般人が気軽に人を殺す時代でした。 ですから殺人犯がそこらじゅうに溢れていたのですが、 あなたが殺していたのは、主にその殺人犯達でした」 「……」 どれだけ昔なんだ……。 というか妄想? 「そう。言うなれば『犯罪者キラー』です。 正義の為、平和な社会を実現する為などとほざいていましたが、 私の目には、他の殺人犯と同じく単なる殺人者に見えていました」 「おまえは、誰なんだ?」 「はい?」 「その、殺人鬼である僕を観察しているおまえは、誰なんだ?」 「……」 立て板に水、と言った様子で喋り続けていたLが、黙り込む。 待っていると、やがて絞り出すように擦れた声で、しかしはっきりと言った。 「正義です。本物の」 僕は思わず吹き出してしまった。 「ぷっ……ははは!」 「面白いですか?」 「うん、だって、せ、正義って……!」 ひとしきり笑った後、Lの手にあるモバイルを思い出して、少し頭が冷える。 痛くなった腹筋をさすりながら顔を上げると、Lも微笑していた。 「……私は、転生前は探偵でした。 あなたがその大量殺人犯だと言う事を突き止めて、証拠を掴むために 何十日も手錠で繋がれて生活した事もあります」 「ああ……そうなんだ。今も結構昼夜一緒にいるから、変わらないな」 「そうですね。 今もですが……当時も私、あなたの事、結構好きだったんですよ」 「……」 「ああ、勿論変な意味ではなく、年下の友人として」 「いや、そうじゃなくて。大量殺人犯なんだろ?その僕は」 「はい。それでも、です」 「そうか……」 正直、Lの与太話に付き合うのは辛くなっていたが、 Lは絶対に僕を見逃さないだろう。 その後どうなるのか見当も付かないが、何だかもう、自暴自棄というか どうでも良い気分になっていた。 僕は、人を殺した。 それだけだ。 「ですから、今生であなたが……あなたらしく生きる事が出来ないのが。 私が、私らしく生きられないのが、口惜しかった」 ……。 ……って。 それって。 「もしかして、僕に殺人を犯させる為に、監視してたのか?」 「……」 「レーザーライフルって……僕に使わせる為に、持ち込んだのか?」 「……」 そう言えば、僕をずっと監視していたのなら、 僕がSIVを憎んでいた事も、知っていた筈。 SIVの所属する部隊を発見したのは……Lだ。 「殺人犯と探偵」ごっこをまたやりたくて。 僕が、人を殺すように誘導したのか? じっと見つめていたがLは答えず、 構えたモバイルのモニタに視線を遣った。 そこには今、僕の脳内が3D拡大映像で映し出されているだろう。 「……私が、憎いですか?ライトくん」 「……」 僕が、SIVを殺したのは自分の意思だ。 恣意的に偶然を積み重ねられたとしても。 殺そうと思って殺したのには、間違いない。 それでも。 ずっと信じてきた男に。 初めて、少しでも心を許した相手に、裏切られたのは。 「どうですか?」 「……ああ。憎い」 無表情のLの瞼が、ぴくりと動いたのが見えた。 それが僕の、最後の記憶だった。
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