戦場の記憶 6 たらりと。 自分の唇から顎に、生暖かい物が流れていくむず痒い感覚に、 ふと、我に返る。 ええっと……。 「ああ、悪い」 聞き覚えのない声。 目を上げると、金髪の青年が僕の口元を暖かい布で拭ってくれていた。 誰だ……? というか、ここは、どこだ? 「熱かった?」 「……」 「大丈夫か、な?」 青年は、手に持ったオートミールのような物をふうふうと吹きながら 掻き混ぜていた その背後には、巨大な窓……というか壁全体がガラスになっているようだ。 その更に向こうには眩しい陽光と、緑の芝生、 葉を茂らせた広葉樹の映像。 よく出来たバーチャル・シアターだな……最新型か? いやまさか、本物……? 僕の視線に気づいたのか、金髪の青年は一旦器を置いて 窓の一部を開けた。 涼やかな風が吹き込んで来る。 ……緑の、匂いだ。 僕がぼんやりと眺めていると、金髪の青年がにっこり笑って 「後で散歩に行こうな」 と言ってくれた。 どうやら僕は、ハイバックの電動椅子に座っているようだった。 その時、背後で何か気配がして、横からまた別の人が出て来た。 今度は黒髪の青年だ。 「どうですか?」 「ああ、エル。仕事終わったんだ?ライトは順調に食べてるよ」 「代わります」 「いいのに。いつもじゃ疲れるだろ?」 「いえ。大丈夫です」 そう言いながら黒髪は、金髪から器と匙を受け取る。 少量掬って口に運ばれた匙は、確かに手慣れている感じがした。 「メロ。ここはもう良いですよ」 「でも」 「大丈夫です」 「そう……。あ、外に興味があるみたいだったから、 後で散歩に連れて行くって言ったら嬉しそうにしてた」 「そうですか。分かりました。食事が終わったら連れ出します」 「じゃ……」 「はい。ありがとうございました」 金髪は気遣わしげに黒髪と僕を見た後、退室した。 黒髪の青年の方はそちらに目も遣らず、無表情で僕の口に匙を運び続ける。 「美味しいですか?ライトくん」 ライト……さっきもそう呼ばれた。 きっと僕の名前なのだろう。 自分では覚えていないが。 それから食事が終わって、「エル」と呼ばれた青年は 僕のハイバックチェアを引いて窓から外に出てくれた。 かおに当たる、あたたかい風がきもちいい。 芝生もおひさまも、やっぱりホンモノだった。 それは分かるんだけれど、自分が何故こんなことになっているのか、 というかぼく自身の事がさっぱり思い出せない。 そんなことを思いながらぼんやりとしていると、きゅうに ほほにポタリと何かが落ちた。 「……申し訳ありません……ライトく……」 みあげると、エルの大きな黒いひとみに水がたまっていた。 「私は、こんな方法で……あなたを……」 「……」 「でも他に、方法がなかったんです。人を殺す事も出来ない、 自分の身を守る事も出来ない、あの戦場であなたが」 ころす……まもる……せんじょう…… 切れ切れに、ことばは分かるんだけど。 「ゆっくりと摩耗して行くのを、ただ眺めている事が私には出来ませんでした……」 エルが何をいっているのかよくわからない。 わからないけれど、次から次へと水をあふれさせて何かを悔いている、 彼は……ひどくカワイソウだと思った。 エル。 ……いや。 そうだ、 おもいだした。 そういえば彼は昨日も、もしかしたら一昨日も、こうして僕と二人きりになると 何かを懺悔しながら、涙を流していた。 そして僕は、それを見ながら何かを言わなければと。 いつも。 エル。 エル、 エル……! 「……エル」 自分でも発声出来る気がしなかったが、こじ開けるように口を開くと、 擦れてはいたがちゃんと音が出た。 何だか、声を出すのは久しぶりな気がする。 その証拠に、エルも驚いたように目を見張って僕の顔を見ていた。 「ライトくん……!」 眼球が、こぼれ落ちそうだな……。 涙の跡の上を、また涙が流れて行く。 「ライトくん、声が……記憶が?」 記憶が、戻った振りをすれば喜ぶのだろうか。 などと考えている時点で、戻っていない事が顔に出たのだろう。 エルは少し落胆したような、安堵したような顔になった。 「そんな訳……ない、ですよね……」 「……す」 「……はい?ライトくん?」 「……」 「ライトくん!声、出ます?何か話したい事は?」 ははっ。 すごい狼狽えようだな。 そんなに期待されたら、何か一言でも、言わない訳には、行かない気が…… 「ゆ……」 「はい?」 「……ゆる、すよ……」 ……何だか、よく分からない。 自分が誰だか分からない以上に、このエルの事も知らない。 ただ何故だか。 心の奥底から、これだけは伝えなければ、という衝動が湧き上がって来た。 何とか一言だけ口に出来たが。 僕の意識は、また朦朧として来た……。 何だかもう、僕の過去もエルの過去も、どうでも良かった。 エルは呆然と口を開けた後。 長い間……とても長い間、僕を抱きしめていた。 「エル?」 うしろから声がして、目のまえのけしきが、横にうごく。 止まったそのさきにいたのは、ぎんいろの髪のこどもだった。 「どうです?ヤガミの様子は」 「相変わらずです」 こたえる声は……ああ、さっきまでぼくをだきしめていた、くろい髪のおとこの人か……。 また、マシンみたいなつるりとした声にもどってる。 きっとかおも、水のあともないんだろうな。 「そうですか。いつまで飼うんですか?」 「かう」……ってなんだろう。 ぼくのことかな? ということは、ぼくはペットなのかな? それとも、いつか「腑分け」されてたべられるのかな? もしかして怖がったほうがいいのかな、なんておもっていると せなかの後ろから声がきこえた。 「……いつまでも」 「はい?」 「永遠に、私は彼と、共に居ます」 「エル」と呼ばれたおとこの人は、ぼくのすぐ目のまえに来てわらった。 「ライトくん。いいですよね?」 ああ。 なんだかわらいがおが似合わない人だね、エル。 でも。 ……いいよ。 ぼくもわらったつもりなんだけど、くちのはじからなにかがたれて、かゆくって、 なんだかもう、またなにもかもわからないんだ。 --了-- ※36000打ご申告下さいました、浜さんに捧げます。 リクエスト内容は、 L月で、 原作が前世で、 Lも月も一般人として、デスノートのない世界で生まれ替わっているという設定で お願いします!Lは前世の記憶ありで! 他のデスノキャラもできれば出してほしいですv でした!追加として ・外見はそのまま。 ・月は白月っぽい性格。頭の良さは割と凡人。前世の記憶はない ・Lは四字熟語シリーズみたいな大人っぽい性格がいいです! 前世の記憶や思考回路が残っている分頭がいい ・年の差もそのまま。 ・時間軸は特にこだわりありませんが、デスノートのない世界=キラ事件は 存在しない世界、でお願いします ・学園ものはちょっと苦手です…;; ・話自体は切なめな感じでお願いします を頂きました。 切ないのってあまり書いた事がなくて、そこにポイントを置いてしまったかも。 白月で頭が凡人、むずい〜(匙加減を間違えてのび太くんに) SFも初めて書いたので、設定が甘くて申し訳ありません。 とにかく、月の頭脳が原型を留めていない、というだけで Lにとっては切ないですよねーという世界。 で、それを何とかしようと無駄に足掻くL、です。 取ってつけたようなメロニア……。 でも他のデスノキャラがシブタクだけってのはさすがに申し訳なくて。 しかし転生モノって自由度が高くて夢がありますね〜♪ 楽しんで書かせて頂きました。 浜さん、如何でしょう? ご申告、ナイスリクエストありがとうございました!
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