戦場の記憶 2 現代では、戦争と言えども殺人は絶対に許されない。 そう言う意味でLの持っているレーザーライフルは「存在してはならない物」だ。 他の兵はライフル型モバイルだと思っているようだが (実際モバイルには「銃身」は必要ないが、形だけ銃を模したタイプは多い) もし本当に使ったりして本物だとバレたら只では済まないだろう。 つまりLのライフルなら人を殺せるが、僕の持つモバイルでは、殺せない。 「こいつにそんなに厳重な安全装置が付いているなんて、知らなかった」 「生命活動に影響を及ぼす部位は焼けない、って奴ですね」 「前に一度、敵の目を焼いてみようと思ったことがあったんだけど、駄目だった」 「これはまた」 Lは、僕がどんな事を言ってもひかない。 そんな所も気に入っていた。 「正直、僕は気づかない間に脳のどこかを焼かれたんじゃないかと思うんだ」 「そうなんですか?」 「あれって、焼かれたら自分で分かるものかな」 「さあ……焼かれた人で話を聞ける人に会ったことがないので分かりません」 「でも、そうじゃないと人間が人間を殺したい、という衝動を持つ事の 説明がつかない」 「どうでしょう」 そう言うとLは、銃を抱え直して少し遠くを見た。 「太古の昔から、単純に他人を傷つけたい欲望を持った人間はいますよ。 『殺人鬼』という言葉がある位ですから」 「そうか……」 「殺人鬼や強姦魔というのは、支配欲の現れだと私は思っています。 他人の命や貞節を強引に奪うことにより、支配した気になれるんですね。 古代の、時の支配者にも暴君と呼ばれた男がいましたが、 まあ大体そんなものですよ」 Lは時に、面白い知識や思索を披露してくれた。 これも、フィジカルで出会う他の兵にはない特性だ。 「暴君か……ああ、ネロとかね」 モバイルに付属した小型モニタで検索しながら言うと、Lはまた 少し顔を顰めた。 「嫌な時代です……」 「そう?」 「はい。人は知識の蓄積を外部媒体に頼り、会話をしていても お互い検索ばかりしていて」 「仕方ないじゃないか。共通認識を得ないと会話も成り立たないだろう」 「共通認識を、自分の脳内に蓄積しておけば検索する必要なんかありませんよ」 「人間の脳の容量なんてたかが知れてるよ。 しかも入力に時間掛かるから、どんなに苦労しても全情報の 何億分の一も入らない。 こいつがあるのにそんな事するの、馬鹿らしいだろ?」 ぽん、とモバイルのモニタを叩くと、Lは詰まらなそうに人差し指を咥えた。 「……ライトくん。頭が良くないというのは本当なんですね……」 「そうだよ。ああでも、Lの頭の中の『知識』は凄く面白いと思うよ。 おまえと話していると、検索するのもとても楽しい」 「私は……あなたの中にある知識ではなく、あなた自身と お話したいんですけどね」 「僕自身?」 そんな事を言われたのは初めてで、驚いた。 僕自身とは……一体何だろう。 この、検索する主としての自分か。 「僕は……おまえが見た通りの人間だよ。 名前はR-400で、所属部隊はFIX25、装備は、」 「栗色の、とてもきれいな髪をしています。 瞳も明るい茶色で肌は白く、ああ、歯もとても白くて歯並びが良いですね」 「……」 「そして人を殺したいと……支配したいと、思ってる」 思わずまじまじと、その顔を見てしまう。 Lは相変わらずこちらを見ず、人差し指を咥えたまま下唇を弄っていた。 「それが、おまえの思う『僕自身』か?」 「正確には『あなた自身の一部』です。 本当はもっと沢山、心の奥深くに色々な物を持っている筈です」 検索能力や、検索するための知識……「枝」の質ではなく、 その根っこにある嗜好や性質……。 「そんな事、自分でも考えた事がない」 「でしょうね。でもあなたは、本来とても正義感と支配欲が 強い人間です」 「王様タイプ?ははっ、信じられないな」 「私も似たタイプですから、分かるんです」 「……」 ……なるほど。 どうして今まで気づかなかったんだろう。 「僕も、すこしおまえの事が分かったよ」 「何ですか?」 「おまえも、本当は人を殺したいんだな? レーザーライフル持ってるんだ、当たり前だよな」 「……」 人には言えない嗜好を、共有したい訳だ。 確かに、思想の自由は保障されているが人を殺す事に関しては 迂闊には口に出来ないからな。 「僕は殺すなよ?」 Lは黙ったままニヤリと笑う。 「その手の話がしたいって事は、何。 手を組んで一度リアルに人を殺してみよう、って話?」 「まさか」 Lはぎょろりとした目を天に向け、呆れた顔をして見せた。 「でも、人を殺す事すら出来ないのは……やはり嫌な時代です」 「Lって変わってるね」 「よく言われます」 やっぱりLは不思議な奴だ……。 遙か昔の時代からタイムトリップして来たんです、と言われても、 信じてしまいそうだ。 と、また少し思った。
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