戦場の記憶 1 「……全く。嫌な時代ですね」 目の前の男が、レーザーライフルの手入れをしながら呟いた。 「何だよ今更」 「いえ。別に文句を言っている訳ではないんですよ?」 言いながら光学スコープのスイッチを入れて、バーチャルファイア越しに 洞窟の壁に赤い照準点をつける。 片目で狙いを定め、レーザー砲の最小出力で岩を少し砕いて、満足したようだ。 最初にこれを見せられた時は驚いたが、今はもう慣れた。 それにしても自ら戦場に身を投じておいて、「嫌な時代」とはどうかしている。 「随分、クラシカルな銃使ってるんだね」 「ええ、まあ。でもこういうのの方が撃ってる、という感じがして 好きなんです」 「違法だろ?」 「持ち込んでしまえば、ね。何とかなるもんです」 男はニッと笑って銃身にキスをした。 「もしかして本当は鉛の弾とか使いたいと思ってる?」 「はい。もっと照準精度が高くて射的範囲が広ければ」 「昔の狙撃銃は、せいぜい数百メートルしか届かなかったんだって」 「しかも精度は酷くて、狙撃手の腕に頼りすぎていました」 「まるで、見て来たような言い方をするね?」 戦場で、同じ部隊に配属されたこの男は「L」と名乗った。 認識番号が「L-5021101……」だからだろう。 僕が「R-4002310……」と名乗ると、「ライトくん」と呼ぶようになった。 「L」に対応する「R」と言えば「right」だからか。 ひょろりとした猫背だが、背筋を伸ばせば意外と僕と同じ位の身長がある。 僕より五歳以上は年上に見えるが、十歳離れているような気はしない。 顔色も悪く隈も酷くて、とても健康体には見えないが、 どこにそんなに入るのかと思う程の、甘味好きでもあった。 この時代、フィジカル・フィールドの傭兵に来る奴なんて、 プロテイン好きの筋肉馬鹿ばかりだと思っていたのに。 それで以前同じ部隊になった時に印象に残っていたのだが、 今回の出撃で、またこいつと同じ部隊に配属されて驚いた。 彼と僕は体格的にも性格的にも似ていて、しかも戦場ではレアなタイプ。 部隊はトータルバランスで編成するから、普通は一緒になり得ない。 それが、二回も同じ組織に編入されたのだ。 普段は色々な理由から殆ど他人と話さない僕だが、 今回ばかりはつい、雑談をする程度まで親しくなってしまった。 Lに、その「気」を感じなかったせいもある。 「Lみたいな奴は、サイバー・フィールドの方が似合うんじゃない?」 「お互い様ですよね」 「でもおまえ、実はIQ高いだろ。話してて分かるよ」 「それもライトくんだってそうですよね?」 「僕はそんな事は」 言いかけた時、洞窟の外で他の戦闘員同士がサカっている 吠えるような声がした。 「……彼等、ライトくんに手を出せなくて苛々してるんですよ」 Lが、笑いを含んだ小声で言う。 「うん、ありがとう」 「いえこちらこそ」 僕は、他の肉体派の傭兵に比べれば華奢なので 男だらけの前線ではそういう対象に見られやすい。 実際暴行を受けてきつい思いをした事もあったが、 こうして二人で銃を持ったまま休んでいると、さすがに襲われなかった。 「やっぱりLも、男に襲われたりしたんだ?」 「はい。こんな見た目でも、ヤれそうだと見れば来る奴らはいます。 一対一なら大概体格差があっても負けませんが、 二人以上で組んで来られるとさすがに敵いませんね」 大勢に手足を押さえられ、犯された苦い記憶が蘇る。 あの時は本当に、傭兵を辞めようかと思ったが。 Lにも同じような経験があるのだろう。 僕よりもずっと大きい奴でも狙われたら最後、女みたいに泣くまで 掘られ続ける世界だ。 当たり前かも知れない。 「サイバーならもっと安全なのに」 「ですね。ライトくんは何故、フィジカルに居るのですか?」 「だから僕は……頭も悪いし」 「そんな筈はありません」 「射撃以外取り柄がないし」 「……」 Lは黙ったまま、夜の闇を映した真っ黒い目で僕を見つめる。 見つめられていると、嘘が吐けない気がした。 「……本当を言うとね。人を殺してみたいんだ」 「ほう。爆弾発言ですね。でもその銃じゃ不可能じゃないですか?」 Lが、僕の持っているモバイル(と行っても通信専用機ではない)に目を遣る。 この電子銃は、数キロ先の人間の生体反応を感知し、衛星カメラで 映像を検索して狙撃する事が出来る。 ただし、脳の前頭葉の一部を針の先ほど焼くだけだ。 一ミリでもずれれば反応しないので、不味い撃ち手にとっては これ程無意味な武器もない。 それでもその一部を焼けば兵隊は戦意や戦闘能力を失い、廃人同様になる。 そうなってしまえばグリーン・ラボに入れられて、夢を見ながら 家畜のように餌を与えられ、死ぬまで生かされるだけだ。 脅しには、十分使えた。
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